虫歯にならない
 入れ歯くんには歯がない、永久歯を抜いたから二度と生えない。だがそれでも彼はいつも歯磨きを言っている。
「歯は大事だからね」
「それでだよね」
「入れ歯くん歯を磨いているのよね」
「いつもそうしているのよね」
「それでお口を奇麗にしているのね」
「そうだよ、確かに僕は入れ歯だけれど」
 それでもというのだ。
「ちゃんとね」
「歯を磨いてだよね」
「奇麗にしているのね」
「何か食べたら絶対に磨く」
「そうしているのね」
「そうなんだ、さもないとね」
 入れ歯くんはいつもこう言っていた。
「お口の中が汚くなるからね」
「それでだね」
「いつもお口を奇麗にする為にも」
「磨いている」
「そうなのね」
「そうなんだ、これからもそうしていくよ」
 こう言ってだ、実際にだった。
「ずっとね」
「汚いより奇麗な方がいいし」
「それじゃあね」
「これからもだね」
「虫歯君は歯を磨いていくのね」
「そうしていくよ」
 笑顔で答える入れ歯君だった、そして実際にだった。
 入れ歯くんは歯磨きを欠かさなかった、それで天然の歯こそなかったが口の中は常に健康であった。このことについて。
 入れ歯くんは一緒にいる虫歯菌にこう言われた。
「歯を磨くことはいいことなんだぜ」
「そうだよね」
「ああ、俺にとっては悪いことでもな」
 このことも言う虫歯菌だった。
「何しろ歯を磨くことはな」
「君達をやっつけることだからね」
「いい筈がないぜ」
 それはというのだ。
「やっぱりな、けれどな」
「それでもなんだ」
「あんたにとってはな」
 入れ歯くん自身にとってはというのだ。
「いいぜ」
「そうだよね、じゃあこれからもね」
「磨いていけばいいさ、それとな」
「それと?」
「最近医学の進歩が凄いらしくてな」
 それでというのだ。
「歯の復元が出来る様になるかもな」
「へえ、僕お医者さんになって自分でって思ってたけれど」
「ひょっとしたらその前にな」
「歯を戻すことが出来るんだ」
「そうなるかもな」
「それはいいことだね」
「ああ、あとな」
 虫歯菌は入れ歯くんにさらに話した。
「歯磨きは虫歯だけじゃないぜ」
「お口の中を奇麗にするからだな」
「歯茎とかにもいいんだよ」
 そこにもというのだ。
「歯槽膿漏にもならないんだよ」
「歯槽膿漏ね」
「知ってるよな」
「うん、お口の病気だよね」
 入れ歯くんもすぐに答えた。
「歯茎から血が出るっていう」
「それもならないからな」
 歯磨きをしっかりとしていると、というのだ。
「いいんだよ」
「そうなんだね」
「だから俺達にとっては嫌なことでもな」
 虫歯菌はこのことは断った。
「しかしな」
「歯磨きを続けていると」
「歯槽膿漏にもならないしな」
「いいんだね」
「そうだよ、だからこれからもな」
「歯磨きを続けて」
「お口の中を奇麗にしておけよ」 
 このことを続けろというのだ。
「いいな」
「そうしていくね、しかし今日は君にいいことを教えてもらってるね」
 入れ歯くんは虫歯菌、自分の口の中から言ってくる彼に話した。
「歯が早いうちに戻るかも知れない、それで歯を磨いていると虫歯以外にもならない」
「そうだよ、というか身体もお部屋もな」
 どれもというのだ。
「何処も奇麗にしないといけないだろ」
「お口の中だってだね」
「だからな」
 それでというのだ。
「歯磨き続けていけよ」
「そうしていくね」
「ただそうされるとな」
「またそう言うんだ」
「ああ、歯磨きを続けられるとな」
 雑菌つまり掃除で倒される彼にとってはというのだ。
「困るんだよ」
「その割に前から親切に話してくれるね」
「それはあれだよ」
「あれっていうと」
「居場所を提供してくれてるからな」
 だからだとだ、虫歯菌は入れ歯くんに答えた。
「大家さんだからな」
「それでなんだ」
「そうだよ、大家さんにはちゃんとしないとな」
「礼儀正しく?」
「それで色々とさせてもらわないとな」 
 そうしないと、というのだ。
「駄目だからな」
「それでなんだ」
「おう、話をさせてもらってるんだよ」
 入れ歯くんが言う親切にというのだ。
「そういうことだよ」
「そうだったんだ」
「それじゃあこれからもな」
「うん、君には嫌なことだけれどね」
「歯磨き続けていけよ」
「そうさせてもらうね」
 入れ歯くんは虫歯菌に笑顔で答えた、そしてだった。
 実際に歯磨きを続けた、そうして口が奇麗なままやがて医学の進歩で天然の歯が戻った。するとこの時も虫歯菌に言われた。
「また言うけれどな」
「これからもだね」
「おう、歯磨きはな」 
 それをというのだ。
「続けていけよ」
「そうさせてもらうね」
「お口の中から色々出入りするしな」
「身体の中にね」
「だから本当にな」
「お口はだね」
「いつも奇麗にしていかないと駄目なんだよ」
 何はともあれという言葉だった。
「御前さんがそうしているみたいにな」
「そうだね、虫歯にも歯槽膿漏にも気をつけないといないし」
「口の匂いだってあるだろ」
「僕それ言われたことないよ」
「それはいつも奇麗にしているからだよ」
 まさにそのお陰でというのだ。
「だからだよ」
「それでだね」
「そうだ、歯を磨けばその分健康になる」
「このこともだね」
「覚えておいてくれよ」
「そうさせてもらうね」
 入れ歯くんは歯が元に戻った口でその口の中にいる虫歯菌に笑顔で答えた、虫歯菌も自分にとっては嫌なことでも入れ歯君にアドバイスを続けた。そうして一緒に生きていくのだった。


虫歯にならない   完


                   2018・9・25

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