猫舌娘
リリィは今はある資産家の養女となって施設から引き取られて暮らしている、だがその資産家はいつも彼女に尋ねていた。
「リリィはどうして熱いものが駄目なんだい?」
「それは」
「わからないか」
「物心ついた頃からなんだ」
共に夕食を食べる資産家にだ、リリィは答えた。資産家は妻に先立たれもう子供達も孫達も家を出て広い屋敷に使用人達と共に暮らしていたがそこでリリィのことを聞いて彼女のことを気にかけて引き取り養女として育てているのだ。
リリィを学校に通わせ大事に育てている、食事も彼女が学校にいる時以外は共に摂っていて今もそうしているのだ。
そこでスープに何度も息を吹きかけるリリィにだ、彼は尋ねるとリリィはこうしたことを言ったのだった。
「ずっとね」
「そうか、猫舌か」
「それで目と運動神経もね」
そちらもというのだ。
「昔からね」
「いいんだな」
「目なんか十・〇あるし」
そこまで高いというのだ。
「私もわからないんだ」
「そうか、リリィは不思議な娘だな」
資産家はリリィにしんみりとした口調で述べた。
「何かと」
「そうなの」
「そう思うよ」
「私不思議なんだ、だったら」
資産家の言葉にだ、リリィはこう言った。
「普通と違うんだね」
「そうなるかな」
「じゃあ私は変なのかな」
こう言うのだった。
「普通と違うから」
「違うさ、それは個性だよ」
「個性?」
「その人それぞれが持っているね」
それだとだ、資産家はリリィに穏やかな声で話した。
「そうしたものなんだよ」
「じゃあ私の猫舌や目や運動神経は」
「全部だよ」
まさにというのだ。
「リリィの個性だよ」
「そうなんだ」
「だからわしはリリィの猫舌は見ているが」
そして言うがというのだ。
「止めはしないね」
「じゃあ私は猫舌でいいのね」
「それで誰が困ったかい?」
リリィに優しい声で尋ねた。
「一体」
「そう言われると」
「リリィだけのことだね」
「うん、熱いものが食べられないことは」
「だからね」
それでと言うのだった。
「わしが止めることでないさ」
「そうなんだね」
「うん、ただリリィがどうにかしたいと思ったら」
その猫舌をというのだ。
「その時はね」
「なおせばいいのね」
「リリィがそうしたいならね」
「そうなんだ」
「それでリリィはどうしたんだい?」
「どうしても熱いものは苦手だから」
スープはようやく冷えた、それでだ。
リリィはそのスープを飲んでいった、冷えたそれを。そうしつつ資産家に対して言った。
「変えないかな、ただ」
「ただ?」
「お義父さんに何かあってね」
自分を引き取って大事に育てている彼がというのだ。
「それで私が歩いものを食べればお義父さんが助かるなら」
「その時はなんだね」
「うん、頑張って熱いものを食べるから」
「ははは、そんなことはしなくていいよ」
資産家は義理の娘の今の言葉に笑って答えた。
「別に」
「いいの?」
「言ったね。それはリリィだけのことだから」
熱いものが食べられないことはというのだ。
「だからね」
「いいのね」
「ああ、それよりも」
リリィに優しい言葉でこうも告げた。
「リリィは人の迷惑にならない様にしていいところをどんどん伸ばしていくんだ」
「そうしていっていいのね」
「よく短気とか我儘とか言われるね」
「あとお調子者ってね」
「自分でわかっているならね」
それならというのだ。
「そうしたところをなおしてね」
「それでいいところをなのね」
「伸ばしていくんだよ」
「それじゃあ」
リリィは義父の言葉に頷いた、そうして少しずつでもだった。
そうした短所をなおす様にして長所は伸ばす様にしていった、そのうえで成長していってやがて有名なアスリートとなったが。
リリィはオリンピックで金メダルを取った時にこう言った。
「このメダルお義父さんにあげるよ」
「その方にですか」
「差し上げますか」
「うん、私を引き取って育ててくれて」
そしてというのだ。
「今も大事にしてくれているから」
「それで、ですか」
「お義父様にですね」
「そのメダルを差し上げますね」
「そうするよ、お義父さんがいてくれたから今の私があるから」
こう言ってだ、実際にだった。
リリィは祖国に帰り今も自身の家である屋敷に帰ると自分を引き取ってくれた時と比べてすっかり年老いてしまっている義父に金メダルを差し出して言った。
「もう聞いてるよね」
「テレビで観ていたよ」
言ったその時をとだ、義父は娘に笑顔で答えた。
「よくね」
「うん、じゃあね」
「それならね」
「そのメダルはいいよ」
義父は娘に笑顔のまま言葉を返した。
「それはリリィが持っていなさい」
「どうしてなの?」
「わしにくれると言ったその気持ちで充分だよ」
これが義父の返事だった。
「それだけでね」
「そうなの」
「ああ、わしに感謝してくれている」
「その気持ちがなんだ」
「嬉しいからね、それにリリィはわしの言ったことを聞いてくれて」
それでとも話すのだった。
「我儘や短気なところをなおしてくれているから」
「まだそんなところあって猫舌だけれどね」
「猫舌はそのままでいいしこれからもなおしていけばいいさ」
その我儘や短気さはというのだ。
「これからも」
「そうなんだ」
「そう、そしてね」
「お義父さんに感謝してくれているから」
「それだけで充分だよ、だからメダルは」
「私が持っていていいの」
「そう、持っておきなさい」
自分はリリィの気持ちを受け取った、それで充分だというのだ。
「いいね」
「わかったわ、じゃあそうするわね」
「そうな」
「けれど気持ちだけでいいなんて」
「そのことはわからないか。けれど」
「けれど?」
「リリィも何時かわかる日が来る」
自分が今そうしたことがとだ、義父は言うのだった。
「その時になればね」
「そうなの」
「ああ、その日が来ることを待っておきなさい」
義父はリリィに優しい笑顔で話した、そうして娘が手に入れたメダルをそのまま娘のものにさせた。
リリィは結婚して子供が出来た、その頃には義父は世を去っていた。しかし子供が出来てからだった。子供にプレゼントを出された時に義父がメダルをいいと言ったことの意味がわかった。これ以上はないまでに優しい暖かさを感じながら。
猫舌娘 完
2018・9・25
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