充分な幸せ
反政府組織に拾われその下で活動もした、魔法と相性が悪くこのことで組織の者に言われたこともあった。
だがそれでもだ、マルシェは念願だった兄の行方を知り彼と再会することが出来た。その時には政府と反政府組織も和解しマルシェもこれまでの活動のことは下層の構成員でその活動は彼女にとって幸いなことに政府や市民活動にとって有害なものでなく殺人等もなかったので罪に問われることもなかった。それであった。
マルシェは兄と一緒に日本に帰ることが出来た、だが日本に帰っても。
もう両親はおらず兄と二人だった、しかも兄はフランスでの魔物達の大災害で身体を痛め暫くは車椅子だった。
それでだ、彼はマルシェに申し訳なさそうに言った。
「僕がこんなことになってしまって」
「いいわ、兄さんが生きているだけでも」
「いいのかい?」
「私はそれだけでいいから」
こう言うのだった。
「そんなこと言わないで」
「だったらいいけれどね」
「ええ、それとね」
「それと?」
「生活のことは気にしないで」
「ああ、子供二人だけでもだね」
マルシェはまだ十三歳だ、兄もまだ十代だ。それでだ。
「お父さんとお母さんの保険金があるし」
「かなりの額だし」
「二人で暮らす分には困らないね」
「それに兄さんの保険金もあるわね」
事故によるそれである。
「お金はね」
「心配いらないね」
「それでね」
しかもと言うのだった。
「後はもうね」
「僕は治療に専念すればいいね」
今は車椅子だが後遺症もなく完治出来ると言われているのだ。
「そうだね」
「ええ。それに私ももう」
「もう?」
「いえ、何でもないわ」
かつて反政府組織にいたことは兄にも言わなかった、身体を改造されたことも魔法が不得意で何かと言われたことも彼女にとっては忌まわしい過去だったからだ。
それでだ、兄にもこのことは秘密で。
日本に兄と一緒に帰ることが出来てそうして普通の生活に戻れる、マルシェはこのことだけで充分だった。確かに愛する両親は失ったが。
それでもだ、マルシェは幸せを感じていた。お金のことを心配する状況でなくなっていることは実はどうでもよかった。
学校での生活に戻り友達も出来た、だがその中でも色々とあった。兄の回復も後遺症はないというが速くはなくしかも友人関係でトラブルがあったり悪い人間が保険金目当てに近寄ってきたり変な男に言い寄られたりした。
マルシェは回復が思わしくないので暗くなる兄をいつも励まし悪人や変な男達はその都度反政府組織にいた時に得た人を見抜く目と勘で切り抜け友人関係のトラブルもそうしたものを使って乗り越えていった。
だがそれでもだ、その彼女を見て友人の一人が心配そうに言ってきた。
「マルシェちゃん大丈夫?」
「何が?」
「いえ、色々揉めごとに巻き込まれたりするから」
様々なトラブルのことを言うのだった。
「それにお父さんとお母さんいなくてお兄さんも」
「大丈夫よ」
マルシェはその友人に微笑んで答えた。
「私は」
「そうなの?」
「ええ、だってね」
「だって?」
「兄さんと一緒に暮らせて」
災害や反政府組織のことは誰にも言っていない、災害のことにしても知っているのは兄だけである。
「それだけでね」
「充分なの」
「二人で暮らせて」
それでというのだ。
「私は充分だし色々あっても」
「それでもなの」
「乗り越えられるから」
今のマルシェにとってはだ。
「だからね」
「大丈夫なの」
「ええ」
災害が起こって兄と再会するまでにあったことを思えばとだ、マルシェは心の中で思ってそうして言うのだった。
「全然ね」
「だったらいいけれど」
友人もそれならと思った、それでマルシェにこのことを言うことはしなくなった。そしてその後で兄が入院してリハビリに励んでいるところに行ってだった。
兄のリハビリを懸命に手伝い励ました、兄はそんな妹に顔を向けて言った。
「いつも有り難う、けれど」
「けれど。どうしたのかしら」
「いつもどうして笑顔なのか」
自分に向けている表情がというのだ。
「僕にはわからないよ」
「だって。兄さんが生きていてくれてるから」
「だからなんだ」
「私は充分幸せなの。ずっと願っていたから」
兄が生きていて再会出来て二人で再び日本で暮らしたい、マルシェが反政府組織にいた間常に思っていたことだ。
「それが適ったから」
「それでなんだ」
「幸せだから」
それ故にというのだ。
「もうね」
「いつも笑顔でいられるんだ」
「そうよ。兄さん少しずつでも」
それでもというのだ。
「よくなっていってるから。だからね」
「頑張っていけば」
「絶対に完治するから」
「それじゃあ」
「また明日も来るわね」
リハビリに励んでいる兄のところにというのだ、今のマルシェは実際にいつも笑顔だった。
辛い時いつも思っていた願いが適った、そしてもう辛い時に嫌で嫌で仕方なかったことをしなくてよくなった、それでどうして幸せでないのか。
そう思っているからこそマルシェはいつも笑顔でいられた、彼女だけにしかわからないことだが彼女にとってこれ以上はないまでに大事なことだったから。ついつい笑顔になって幸せを感じずにはいられなかったのだ。
充分な幸せ 完
2018・10・17
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