出来の悪い弟
七生綾人は今は双子の兄と別々に暮らしている、抜群に頭のいい兄が高校卒業後イギリスの名門大学に進学したからだ。
しかし彼はどうかというと。
「俺はこうしてだよ」
「半分お情けで、だよな」
「ああ、通っている高校が付属だったからな」
ある大学のとだ、彼は友達にその大学の喫茶店で話した。
「それでだよ」
「推薦で進学してな」
「ここにいるんだよ」
「兄貴と違ってか」
「兄貴は今はイギリスにいてな」
この国にというのだ。
「それでだよ」
「向こうでも評判のか」
「秀才だってな、けれどだよ」
「御前はか」
「この通りさ、出来が悪くてな」
ホットコーヒーを飲みながらうんざりとした顔で述べた。
「それでだよ」
「お情けの推薦でか」
「進学したさ、多分将来もな」
「兄貴と違ってか」
「大したことのないな」
「将来になるってか」
「今バイトしてるからな」
スーパーのレジ打ちだ、仕事振り自体は評判がいい。
「多分そこにな」
「そのまま就職してか」
「暮らしていくだろうな」
「それならそれでいいだろ」
「ああ、しかしな」
「しかし?」
「俺は結局一生出来が悪いままでな」
そう言われてというのだ。
「暮らしていくだろうな」
「それが嫌か」
「いや、親も周りも特に言わないからな」
出来のいい兄と比べてとかくというのだ。
「だからな」
「いいのか」
「もう達観か?」
「わかってるからか」
「ああ」
それでと言うのだった。
「いいんだよ」
「そうなんだな」
「そりゃ俺だってな」
それこそとだ、綾人は友人に眉を顰めさせて話した。
「何でも出来て性格だってな」
「ヘタレじゃなくてか」
「しっかりしたいさ、けれどな」
それはというのだ。
「結局何してもな」
「出来ないってんだな」
「努力してるさ」
言葉は現在形だった。
「俺なりにな、けれどな」
「お兄さんと比べるとか」
「この通りだよ、本当にな」
また言うのだった。
「こんなのでな」
「御前も苦労してるんだな」
「兄貴みたいになれたら、双子だから余計にな」
生まれた時から一緒でしかも年齢も月日単位で同じだ、だから余計にというのだ。綾人は彼だけだが彼にとっては非常に深刻な苦悩を抱いているのだ。
「辛く思ってるんだよ」
「そういうことか」
「ああ、本当にな」
「どうにかしたいか」
「この状況をな」
こう言ってだ、彼は日々苦労していた。だが。
所属している大学の水泳部ではだ、常にだ。
抜群の成績で泳ぐ度にコーチに言われていた。
「またタイムが伸びた」
「そうですか」
泳ぎ終えた彼は冷静な顔で応えた。
「またですか」
「ああ、オリンピックもこれでな」
「中学の時からですが」
実は綾人は水泳では世界的選手だ、ただ速いだけでなく冷静で頭のいい水泳をして隙のないスイマーだと言われている。
「今回も」
「ああ、出れそうだな」
「わかりました、ただ」
「前の大会のことか」
前回のオリンピックのことだとだ、コーチもわかった。
「残念だったな」
「銅でした」
そのメダルはというのだ。
「ですから」
「それでだな」
「はい、出来れば」
心からの言葉だった、冷静だが悔しさが言葉に滲み出ていた。
「今度こそ」
「金だな」
「また取ります」
「頼むぞ、その意気でな」
まさにとだ、コーチも言う。彼は水泳選手としては抜群に優秀だった。あらゆる大会でメダルの常連であった。
しかしそれは水泳の時だけで今度は友人から言われた。
「御前水泳は凄いな」
「進学も実はな」
「そっちだよな」
「スポーツのな」
即ち水泳でというのだ。
「それでだしな」
「何で水泳になるとな」
それこそとだ、友人は綾人にどうかという顔で述べた。
「御前凄いんだ?」
「あれか?昔から水を被るとな」
それでとだ、綾人も話した。
「急に落ち着いて冷静になってな」
「考えられる様になるんだな」
「ああ、それで身体の方もな」
そちらもというのだ。
「急にな」
「それこそか」
「ああ、何でも出来るんだよ」
「だから水泳はか」
「頭から水被るっていうかな」
「身体全体いつも水の中にあるからな」
だからだとだ、友人も話した。
「それだとな」
「本当に冴えて冴えてな」
「性格も変わったって感じでな」
「出来るんだよ、水泳はな」
「そうなんだな」
「これだけはな」
こと水泳についてはとだ、綾人は友人にまた話した。
「昔からなんだよ」
「それでメダリストにもなってるんだな」
「オリンピックのな、けれどな」
「それでもか?」
「俺が出来るのはな」
それこそという言葉だった。
「これだけだよ」
「水泳だけか」
「そうだよ」
こう言うのだった。
「本当にな」
「それだけか」
「ああ、水泳だけが俺の取り柄だよ」
「その取り柄が凄いと思うけれどな」
「どうだろうな」
今は自信がないという顔の綾人だった、そうして。
普段の彼通り自信がなくそれが顔にも出てどうにも卑屈な感じがした、しかし世間はそんな彼を見て言うのだった。
「弟は水泳のメダリストでな」
「兄貴は抜群の秀才か」
「兄弟揃って凄いな」
「そうだよな、双子でな」
「凄い双子だな」
「それぞれ凄くてな」
こう言うのだった。
「親御さんも鼻が高いだろうな」
「息子さんどっちも凄くて」
「あれじゃあな」
「自慢だな」
「自慢の子供達だろうな」
こう言う、そして両親もだ。
「どっちも凄いの見せてくれるからな」
「それじゃあね」
「言える筈がないよな」
「どっちがよくてどっちが駄目とか」
「最初から比べるつもりはないにしても」
「比べられないわよ」
とてもというのだ、しかし綾人は。
オリンピックで金メダルを獲得した、だがそれでも苦い顔で言うばかりだった。
「兄貴には負けるさ」
「お兄さん向こうで博士課程に推薦されてるらしいな」
「ああ、将来はノーベル賞かもな」
「そのお兄さんと比べたらか」
「俺なんてな」
プールから出るとこう言うのだった。
「どんなものだよ」
「金メダルってかなり凄いだろ」
「どうだろうな」
水を被っていない、その中にいないとこの通りだった。だが彼はしっかりと素晴らしい結果を出している。このことは紛れもない事実だった。彼が自覚していなくても。
出来の悪い弟 完
2018・10・21
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