汚れちまった悲しみ
 X95は戦争を曳き御高祖たとされてそれで今は身を隠してそうしてひっそりと暮らしていた。その傍にはいつも兄弟機であり実用型であるX4がいるが。
 人類の敵と責められている為にいつもこそこそと身を隠していた、暮らしは浮浪者そのものだった。
 だがある日のことだった。
 彼と兄弟機にだ、ある男が声をかけてきた。
「どうしたんだ」
「どうしたって」
「随分汚れてるな」
 見れば暗い顔をしている、中年のみすぼらしい外見の男だった。
「浮浪者か、子供達なのに」
「それは」
「それならだ、来るか」
「来るかって?」
「俺の家にな」
 こう95に言うのだった、そして4にも。
「そうするか」
「あの、それって」
「ああ、言った通りだ」
 返事は一つだった。
「俺の家に来るか、二人共」
「行っていいの?」 
 95は男に暗い顔で尋ねた。
「僕が」
「御前さんがいいんならな」
 それならとだ、男は95に答えた。
「いいさ」
「そうなんだ」
「当然あんたもな」
 男は4にも言った。
「来ていいぞ」
「そうですか」
「ああ、御前さん達さえいいのならな」
「あの、どうして」
「御前さん達は同じ目をしているからな」
 男は暗く沈んだ、まるで闇の中から光を見る様なそうした目だった。黒いその目は絶望と悲嘆がはっきりとあった。
「だからな」
「それでなの?」
「御前さん達に声をかけたんだ」
 こう言うのだった。
「そうしたんだ」
「そうなの」
「ああ、それでまた聞くがな」
 まさにと言うのだった。
「どうするんだ?」
「おじさんのところにですか」
「少なくとも悪いことはしない」
 一切という言葉だった。
「御前さん達にな」
「悪いことは」
「そんなことをする様に見えるなら来ない方がいい、何ならすぐに」
 男は見逃していなかった、95のポケットに拳銃があることを。もっと言えば彼はその服の中に色々な銃火器を持っている。それは4も同じだ。
「その拳銃で撃てばいい」
「そうしたらいいの」
「そうだ、そうしたらいい」
 まさにという返事だった。
「どうせ俺は一人だしな」
「おじさん一人なの」
「一人で暮らしているさ、この近くの部屋にな」
「そこになの」
「ああ、ずっとな」
「ここの近くは」
「みすぼらしい沈んで何もない」
 男はその暗く沈んだ目を持つ顔で語った、そこにあるものは絶望と悲嘆そして苦悩の三つだった。それもかなり強い。
「そこに住んでいる、書いてな」
「書いてなの」
「仕事は作家だ」
 男はは95達に自分の仕事のことも話した。
「そう言っておく、とにかくな」
「僕達がおじさんの家に行ってもなの」
「いいさ、そして信用出来ないならな」
 その時はというのだ。
「すぐここで撃てばいい」
「そんなことしないよ」
 95は項垂れた感じで男に答えた。
「絶対に」
「そうか」
「けれど僕達、特に僕のことを話すよ」
「ああ、話したいなら話してくれ」
 それならとだ、彼も言ってだった。
 95は自分の過去のことを話した、戦争を引き起こしてしまいそのことを人々から責められていることを。彼は項垂れて俯いた顔で話した。
 その話を聞き終わってだ、男は彼に言った。
「あの戦争は口実だ」
「口実?」
「御前さんは口実だ」
「口実って」
「両国は緊張に極みにあった、利害もだ」
 国家同士の利害関係、それがというのだ。
「絡み合ってどうしようもなくなっていた、どちらも戦争をするしかだ」
「仕方なくなっていたの」
「国民同士も感情が極めて悪化していた」
「だから」
「御前さんを一方の国が送って片方の国が御前さんを暴発させた」
「それでだったんだ」
「戦争が起こった、御前さんは体のいい口実でだ」
 戦争を起こすというのだ。
「それに過ぎない、御前さんは単なるだ」
「口実だったんだ」
「それだけだ、何も思うことはない。御前さんが口実だったことは実は誰でも知っている」
 戦争を起こすそれだけだったことはというのだ。
「全てな」
「そうだったんだ」
「気にするな」
 一切というのだ。
「このことは、それでな」
「僕達が来るかどうか」
「何度も言うが御前さん達二人位ならな」
「おじさんのお家に行ってもなんだ」
「ずっといてもな」
 それこそというのだ。
「何の心配もない、だからな」
「それでなんだ」
「気が向いたら来い、しかし信用出来ない若しくはわしを許せないと思えば」
 その時はというのだ。
「好きにしろ」
「撃っていいんだ」
「そうしろ、どっちにしろ一人だ」
 だからだとだ、男は95に言った。
「何もない」
「それでなんだ」
「そうだ、好きにすればいい」
 その言葉を聞いてだった。
 95と4は暫くお互いで話をしてから頷き合ってだ。男の家に入れてもらうことにした。男は二人を笑顔で迎え入れて。
 自分の家に案内した、家は普通のマンションの一室で別におかしいところはなかった。男は二人に空いている部屋に案内して言った。
「ここを使うといい」
「ここにいてなの」
「暮らせばいい、わしは普段はこの家の中にいてな」
 マンションの中にというのだ。
「もの書きをしているからな」
「そうして暮らしているから」
「ああ、基本家にいる」
「そうなんだ」
「御前さん達を見付けたのはたまたま飲みに出ようと思ってだ」
 その時にというのだ。
「見かけた、それでだ」
「僕達に出会った」
「誘いをかけた、この部屋にいたいならそうしろ」
 自分の家の中にというのだ。
「好きにしろ、嫌なことがあってもな」
「その時もなんだ」
「うちにいろ、何かあってもわしに言え」
「そうしてもいいんだ」
「御前さん達がそうしたいならな」
 こう言ってだ、男は二人を家に住まわせた。二人はもう外の世界で何かを言われて責められたくないので男の家の中にずっといて彼の仕事や家事の手伝いをして暮らした、男は不愛想で暗い顔をしていてよく酒を飲んでいたが基本親切で二人をけなすことも否定することもなく傍に置いていた。そして何かあれば気を使ってくれた。
 その気遣いに気付いてだ、95は男に尋ねた。
「どうして僕達に優しいの?」
「優しくしているつもりはない。ただな」
 外で買ってきた酒を飲みながらだ、男は95に話した。
「わしは御前さん達程じゃないが嫌な過去があった」
「そうだったんだ」
「騙されて裏切られて振られて暴力も受けて否定されて馬鹿にされてな」
 そうしたことがあったとだ、男は飲みつついつもの絶望と悲嘆と苦悩が浮かんでいる目で話をした。
「嫌な思いも散々した」
「それでなの」
「そうだ、その過去を思い出すとな」
「僕達もなの」
「否定出来ない、真実を知っているからな」
 それだけにと言うのだった。
「余計にだ」
「だからなんだ」
「御前さん達がこの辺りにいると聞いてたがたまたま会ってな」
 そうなってというのだ。
「誘った、御前さん達の過去は仕方ない、しかしそれを罵る奴がいてな」
「そえでなんだ」
「わしみたいなもの好きというか」 
 ロックの中の蒸留酒を飲みながらだった、男は95に話した。
「同病相憐れむ奴もいる、わしは御前さん達を見ていると自分の過去を思い出してな」
「それでなんだ」
「自分を見ている気持ちになった」
 自分よりも不幸であるがだ。
「それで誘ったんだ」
「そうだったんだ」
「一緒に住んでくれる様にな。嫌か」
「ううん」
 95だけでなく共にいた4もだった、男の言葉に首を横に振って答えた。
「おじさんの気持ちわからないけれど悲しくて苦しんでいるのはわかるから」
「だからか」
「若し僕達がおじさんと同じ立場ならそうしていたかも知れないから」
 そう思うからこそというのだ。
「いいよ。じゃあこれからもね」
「ああ、わしみたいな奴でよかったらな」
 一緒に住んでいこうとだ、男は飲みながら言って95と4は頷いて答えた。そうして三人は共に暮らしていった。お互いに辛い傷を思い出しつつその傷を知るがうえに無意識のうちに優しくし合って。


汚れちまった悲しみ   完


                   2018・10・21

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