水幽霊の仕事
 七生泉樹は今は普通の幽霊である、怒ると水を借りて実体化するが確かに幽霊である。
 行動範囲は双子の弟の周りだが幽霊の世界では全く違い自由自在に行動出来る。そして幽霊の世界に行っている時に。
 ふとだ、ある幽霊にこう聞かれた。
「君頭いいんだよね」
「まあ生きていた時はよく言われてたよ」
 あながちそうでもないとだ、泉樹はその幽霊に答えた。
「僕はね」
「そうだね、じゃあお願いがあるんだけれど」
「何かな」
「その頭を使ってね」
 そのうえでというのだ。
「助けて欲しいことがあるんだ」
「一体何かな」
「実は今古文書を貰ったんだけれど」
「古文書?」
「何か戦国時代の古文書らしいんだけれど」
 その古文書を懐から出してだ、幽霊は泉樹に話した。
「解読しうようにも僕にはね」
「わからないのかな」
「そうなんだ。君古文書読める?」
「死んでから読める様になったよ」
 生きていた頃から勉強家なのでそれは出来るのだ。
「ちゃんとね」
「それじゃあね」
 その話を聞いて是非にとなってだ、幽霊は泉樹にさらに頼み込んだ。
「宜しく頼むよ」
「それじゃあね」
「うん、是非ね」
 こう話してだ、幽霊は泉樹に古文書を手渡した。そうして泉樹はその古文書の解読をはじめて暫く時間をかけてだ。
 それを行ってだ、解読を頼んだ幽霊に古文書の原文と訳文を差し出してから話した。
「面白いことがわかったよ」
「っていうと?」
「これ室町時代の古文書でね」
「凄い昔だね」
「楠木正成さんが書いたので」
「あの人がなんだ」
「色々思うところを親しい人に対して送ったもので」
 そうしたものでというのだ。
「あの人の考えがよくわかるから」
「いいんだ」
「かなりね、そうしたものだから」
 それだけにというのだ。
「大事にした方がいいよ」
「それじゃあね」
 その幽霊は泉樹に確かな言葉で礼を述べてからその古文書をそっと人界の心ある学者の目に触れる場所に置いた。するとその古文書は大発見となった。
 この他にもだ、泉樹は幽霊の世界で頼みごとを受けた、今度の依頼も彼の知力に期待してのことだったが。
 今度は理系だった、何と数学の式だったが。
 その式を持って来た老人の幽霊は彼に頼み込んで言った。
「この式は解けるかな」
「数学ですね」
「かなり難しい式だけれど」
 それでもと言いつつだ、老人の幽霊は彼に言うのだった。
「これが解けたらね」
「数学についてですか」
「随分な貢献になるけれど」
「世界の数学が進歩するんですね」
「そうだよ」
 老人の幽霊は泉樹に答えた。
「必ずそうなるよ」
「そうですか。それじゃあ」
「解いてくれるかな」
「数学の勉強もしてますし」
 それでとだ、泉樹は老人の幽霊に答えた。そうして。
 彼は式を受け取ってから一人解読にあたった、その式はかなり難しくああでもないこうでもないと考えた。だが彼は抜群の頭の良さを死んでからも磨いていたので。
 無事に式を解けてその式を老人の幽霊に渡した、そのうえで彼に尋ねた。
「どうでしょうか」
「そうか、こうすればか」
「式は解けます」
 数学のそれはというのだ。
「こうして」
「そうだったのか」
「はい、では」
「この式は優れた数学者の耳元で囁いてな」
「そうしてですね」
「解く様にしよう、そうしてだ」
「僕の解読をですね」
「世の中に役立てよう」
「それでは」 
 今度は老人の幽霊が数学者に囁いてだった、無事に泉樹の今回の活躍も世の為人の為に貢献した。そうしてだった。
 彼は人の世に戻ってだ、弟にこんなことを言った。
「いや、幽霊も結構」
「忙しいっていうんだな」
「幽霊の世界に行くとね」
「色々頼みごと受けてだな」
「それでね」
「忙しいだな」
「これでね」
「言ってる意味がわからないな」
 どうにもとだ、弟は兄に首を傾げさせて言うばかりだった。
「俺はまだ生きてるからな」
「だからだよね」
「ああ、幽霊の世界のことはな」
 このことはどうしてもというのだ。
「わからないさ、けれど幽霊もか」
「これはこれでね」
「忙しいんだな」
「うん、何かとね」
「それで兄貴も忙しくか」
「働いて」
 そうしてというのだ。
「世の為人の為に頑張ってるよ」
「そうしてるんだな」
「そうだよ、まあ生まれ変わったらそれはそれで働くことになるだろうけれど」
「人間は死んでもか」
「忙しいものだよ」
「そのこと覚えておくな」
 弟は泉樹のその話を聞いて今はこう言うだけだった、実感としてどうにわからないので曖昧な返事を以て。
「俺も」
「そうしておいてね、じゃあまた幽霊の世界に行って」
「そうしてだよな」
「働いてくるよ」
「それで世の為人の為にか」
「頑張って来るよ、それで今は」
 弟の傍にいる今はというのだ。
「ちょっと休むよ」
「そうするんだな」
「またあっちに行ったら忙しくなるからね」
「身体はなくても疲れるんだな」
「身体の疲れはなくなっても心の疲れはあるから」
 魂のそれはというのだ、心即ち魂がある限りはだ。
「だからね」
「心の疲れを癒す為にか」
「今は休むよ」
「そうか、じゃあな」
「ちょっと寝るよ」
 心をそうさせると言ってだ、泉樹は今は目を閉じた。そうしてそのうえでまた働く時の為に休むのだった。
 そして目を覚ましてだ、弟に言った。
「また行って来るよ」
「今日もか」
「うん、幽霊の世界にね」
「頑張って来いよ」
 笑顔で彼に行ってだ、そしてだった。
 彼はまた幽霊の世界に行って自分の頭脳を働かせた、そうして人知れず世の為人の為に働くのだった。


水幽霊の仕事   完


                  2018・10・21

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