憎まれない敵
 ドカユキンは自分の事情で戦ってくれるヒーローを探している所謂フリーの怪人である。だが彼は案外だった。
 友達もいて交流もある、脱走した先であるマッドサイエンティスト志望の歯科医や彼の娘そして娘のボーイフレンドとも交流が今だにある。
 そのボーイフレンドとだ、ドカユキンは今富山の山中にある自宅で一緒に好物のホタルイカの沖漬けを食べつつ言った。
「吾輩は今困っているである」
「内蔵のOSか?」 
 ボーイフレンドはすぐに彼に応えた。
「もういい加減に交換しろよ」
「旧式だからであるな」
「ああ、メーカーサポート終わってんだろ」
「そこが吾輩の弱点である」
「ドイツ空軍の戦闘機じゃないんだからな」
 何でもこの軍隊は何かと問題を抱えているらしい。
「さもないとヒーローと戦ってもな」
「内蔵コンピューターのOSのせいで、であるか」
「それが性能に影響してな」
 それでというのだ。
「本当にな」
「負けるであるか」
「そうなりかねないっていうかな」
「ヒーローは強いからであるか」
「ああ、ちょっとした弱点がな」
 それでというのだ。
「命取りになってな」
「負けるであるか」
「そうなりたくなかったらな」
「内蔵コンピューターの交換であるか」
「どうせ95か98だろ」
「7である」
「それも古いな、10に換えろ」
 これがマッドサイエンティストの娘のボーイフレンド、彼の友人の提案だった。
「いいな」
「ううむ、金はあるであるしな」
「仕事してるんだろ」
「これでもご当地怪人としてイベントに出たりしているである」
 それがそのままドカユキンの仕事になっているのだ。
「だから家もあるである」
「だったらな」
「そのお金で、であるな」
「さっさと10にしろ」
「わかったである」
「先生には僕が言おうか」
「あの自称マッドサイエンティストの手術はもう受けたくないである」
「やっぱり嫌か」
 そこはわかっている彼だった。
「じゃあ普通の業者さんにな」
「行ってか」
「そうだよ、交換してもらえ」
「前向きに検討するである、しかし」
 ここでまた言うドカユキンだった。
「最近もう一つ悩みがあるである」
 ドカユキンは酒も飲んでいた、富山は北陸らしく雪が多いので酒が実に美味い。身体がよく温まるのだ。
「実は」
「ああ、戦ってくれるヒーローがか」
「いないである、日本各地のご当地ヒーローに電話をかけても」
 それでもというのだ。
「最近戦いは受けてくれないである」
「どうせアトラクションの競演とかならだろ」
「喜んで受けてくれると返事が来るであるが」
 トカユキンは彼のコップに酒を入れつつ話した、気遣いもしている。
「しかしである」
「戦ってはくれないか」
「逆にヒーロのご当地と富山のコラボとかである」
「イベントを一緒にやろうとか、か」
「あっちから申し込んで来るである」
「それでそれが仕事になってるな」
「仕事は困っていないである」
 実は結構多忙であるのだ、だから家も建てて生活も出来ている。
「しかしである」
「戦いはないか」
「何か戦いの仕方を忘れそうである」
「怪人なのにな」
「これでは普通のゆるキャラである」
「じゃあもう完全にな」
 それこそとだ、彼は自分もドカユキンのコップに酒を入れつつ話した、お互いにそうし合って飲む間柄なのだ。
「そっちになったらどうだよ」
「ゆるキャラであるか」
「ああ、奈良県の妖怪みたいにな」
「せめて千葉の方にして欲しいである」
「それは贅沢だろ」
「あと彦根とか熊本もいいである」
「そうか、じゃあな」
 それならとだ、彼もドカユキンに言った。
「そうした相手と張り合う感じでな」
「純粋なゆるキャラにであるか」
「なればいいだろ、富山でフリーの怪人なんてな」
 所属する組織がない、だ。
「どうだろ」
「それは吾輩のアイデンティティの否定であるか」
「それはしないけれどな」
 それでもというのだ。
「あんた本当にな」
「怪人としての活動はであるか」
「ちょっとな」
 どうしてもというのだ。
「富山でフリーとかな」
「せめて所属する組織がないと、であるか」
「怪人の活動は苦しいだろ」
「そうであるか」
「だからな。もうな」
「純粋なゆるキャラに転職であるか」
「試しにこれから一ヶ月各地のヒーローに戦いを挑んでみな」
 彼は酒を飲みつつホタルイカを食べて言った。
「そうしてみな」
「一ヶ月であるか」
「こっちに頼んでくる仕事も見るんだな」
「そうしてであるか」
「これからのことを考えるんだな」
 彼はドカユキンに友人として話した、それでドカユキン自身一ヶ月あらためて日本各地のご当地ヒーロ―達に戦いを申し込み彼等から自分への仕事も依頼も見てみた。受けてもらったりお願いしますと言われた仕事は全部受けたが。
 しかしだ、一ヶ月の間一度もだった。
 彼は戦いの仕事は受けてもらえず依頼もなかった、それでだった。 
 マッドサイエンティストの娘のボーイフレンドに今度も自宅で酒を飲みホタルイカの今度は茹でたものを食べつつ言った。
「一度もである」
「戦い受けてもらえなかったか」
「そうであったである」
 こう言うのだった。
「見事に、そしてである」
「イベントやご当地宣伝のPRとかでか」
「人気があったである」
「それで仕事埋まってるんだな」
「そうであるが」
 しかしというのだ。
「戦いの仕事はないである」
「やっぱりそうか」
「わかったいたであるか」
「だってあんた怪人でもな」
 それでもとだ、彼はホタルイカの丸茹でを一杯一杯箸に取って味噌に付けてから食べつつドカユキンに話した。
「憎めないんだよ」
「そうであるか」
「今だって僕と一緒に仲良く飲んでるだろ」
「友達だからであるが」
「いや、友達でもな」
 それでもというのだ。
「悪の怪人ならな」
「違うであるか」
「狂暴とか悪辣とか陰湿とか卑劣とかな」
 彼は人に嫌われ憎まれる要素を列挙していった。
「そうした要素が一切な」
「吾輩にはないであるか」
「正直憎めないんだよ」
 ドカユキンはそうだというのだ。
「だからな」
「吾輩は戦いを断られるであるか」
「あんたの野望は知ってるさ」
 彼にしてもだ。
「だったらその資金の調達はな」
「戦いでなく、であるか」
「もう今の仕事でな」 
 折角仕事が多いならというのだ。
「やっていったらいいであるか」
「吾輩のアイデンティティはどうなるであるか」
 怪人としてのそれはとだ、ドカユキンは彼に問い返した。
「それは」
「じゃああんた道で刃物振り回してる奴いたらどうする?」
「街の人達の安全の為に即座に取り押さえるである」
 これがドカユキンの返答だった。
「当然のことである」
「悪の怪人はそんなことしないからな」
「だからであるか」
「やっぱりあんた普通のゆるキャラになった方がいいかもな」
「ううむ、困ったである」
「仕事があって友達もあって生活も充実しているみたいだしいいんじゃないか?」
 彼は飲みつつドカユキンのコップに酒を入れた、ドカユキンお返しに彼のコップに酒を入れた。だがそれでも言うだった。
「吾輩の悩みは深刻である」
「そうか?旧式のOSよりましだろ」
 この問題の方が深刻だと返す彼だった、ドカユキンの悩みは尽きないが仕事は減っていないのは事実であった。


憎まれない敵   完


                    2018・10・25

作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov154043554012883","category":["cat0800","cat0008","cat0010","cat0018"],"title":"\u618e\u307e\u308c\u306a\u3044\u6575","copy":"\u3000\u30c9\u30ab\u30e6\u30ad\u30f3\u306f\u5404\u5730\u306e\u30d2\u30fc\u30ed\u30fc\u306b\u6226\u3044\u3092\u6311\u3093\u3067\u3044\u308b\u3001\u3060\u304c\u6700\u8fd1\u65ad\u3089\u308c\u7d9a\u3051\u3066\u3044\u308b\u306e\u306f\u3069\u3046\u3057\u3066\u306a\u306e\u304b\u3002","color":"#c8dcdc"}