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 朝八時半
 長浜観光の中心ストリート大手門通りはまだ静けさの中にある。一時間もすれば、黒壁ガラス館や曳山博物館、海洋堂フィギュアミュージアムなどに訪れる観光客で、この通りは賑わいを見せる。
 通りの両側に並ぶ商店がシャッターを上げる前、アーケードの中を、数人の男性が散歩をしている。長浜別院大通寺や八幡宮へ足を延ばせば、格好の散歩コースだ。
 この時刻、開店準備で忙しい中をのんびりと散歩をするのは、たいてい年配の商店主たちだ。
 大手門通りのアーケードを抜けると、急に朝の太陽が眩しい。晴れやかになった通りの角にあるのは果物店、右に曲がれば浅井花店だ。店先ではもう花の鉢植えに水をやる男性の姿がある。水しぶきが朝日を浴びて輝き、店先に涼しげな空気が漂う。
「おはよう恒さん、早いね」
 と堤文具店の店主淳一がいつものように声を掛ける。淳一の店はアーケードの中にある。
「貧乏暇なし」
 と浅井花店の店主恒次がいつものように答える。
「お互いさん」
 これもいつも通り。
「『まど』だね」
 恒次が苗から目を上げずに言う。
「店で待っているよ」
「鉢と苗に水をやったら行くよ」
「ああ急がなくていいよ」
 水で濡れた道路を、淳一がゆっくりと歩き出す。
 花屋の隣は喫茶店だ。
 入口ドアーの上に小さな看板が掛かっている。
 喫茶『まど』
 ドアーを開けるとすぐにカウンターで、店内には四人掛けのテーブル席が八つばかりある。
「おはよう」と純一が入って行くと、「おはようございます」と元気な声が返って来た。マスターと呼ばれる林和雄の妻洋子が笑顔でカウンターの方へ右手を向けた。テーブル席にはもう他の人が座っている。
「ごめんなさいね、カウンターで」
 にこやかに洋子が言う。
「いや、いいよ。恒さんが来るまで、マスターがコーヒーを淹れるのを見てるよ」
 淳一はやや高めの椅子を気にする様子もなく座った。洋子は内心ドキッとした。最近、夫の和雄がコーヒーを淹れる時、手元が震えるのが気になっている。動作も遅い
 洋子はパンとコーヒー、それにサラダの皿を盆に乗せて、窓際のテーブル席に運んだ。
「源さんおまたせしました」
 男性は新聞から目を上げ、
「おっ、ありがとう」
 と洋子の方を見た。
「ごめんなさいね、お待たせして。この頃ちょっとマスターの動きが鈍いのよ」
「……」
「はっきりしたことは分からないんだけど、島本先生に大きい病院に行ったほうがいいって言われたの」
「うんっ、血圧高いの?疲れか」
「そうだといいんだけど」
「オレも脳梗塞で倒れたことがある。大したことはなかったけど、お互い何の病気になってもおかしくない齢だ。マスターはオレより若いって言ったって少しゆっくりしたほうがいいよ」
「ええ、私もそう思って」
「この頃、あんちゃんも慣れて来たじゃないか、もう少し手伝ってもらいなよ」
「ええ、そうね」
 軽く頭を下げて席を下がると、
「ごちそうさん」
 と客がレジ゛に向かった。
 慌ててレジに入って金を受け取り、
「ありがとうございました」
 頭を下げて送りだすのと同時に、
「おはようございます。遅くなってすみません」
 若い男性が勢いよく入って来た。
「よっ、うわさをすればあんちゃんの登場だ」
 と源さんが顔をほころばす。
「あっ純くん、やっと来てくれた。遅かったのね」
 洋子がほっとした顔を見せると、
「母がちょっと待って、トマトを採るからって言うもんだから」
 と、早くも黒いエプロンを身に着けながら純が言った。
「えっ、トマトあるの。うれしい」 
 洋子が言うと、カウンターの淳一が小さく拍手をした。
「『まど』のトマトは絶品や」
 顔がほころぶ。
 純はすぐにカウンターに入り、持ってきたトマトを氷水に浸けてスライスし、サラダのキャベツの上に乗せた。
 若い純の動作はキビキビしている。合流した淳一と恒次の前にモーニングセットを置く。二人のサラダに乗ったトマトはやや厚切りだ。
「たいへんお待たせしました」
「ありがとう。若いっていいね。気持ちいいよ。大学は夏休みかい」 
 淳一の言葉に、
「はい。それで毎日ここへ来ています」
 と純がうれしそうに言った。
「純くんがバイトに来てくれるお陰で、お母さんのみち子さんが野菜作りに励んでくれて、うちとしては百人力なのよ。トマトもぬか漬けも評判がよくて」
 横から洋子がさりげなく話に加わった。
「そうそう、オレもみち子さんのぬか漬けを食べたくてランチを食べに来るくらいだからなぁ。女房も負けたと言っていたよ」
 恒次の言葉に、
「この間ね、京都から長浜に観光に来たご夫婦が、あんまり『まど』の漬物がおいしいからまた来ましたって。ランチじゃないのよ。付け合わせのぬか漬け(笑)」
「京都は漬物が美味しいんじゃないのか。京都へ行くと、必ずお土産に漬物買うゾ」
「それがね、トラマクワなんてないんだって」
「そう、母のトラマクワのぬか漬けは本当に美味しい。発酵の力がすごい」
「純くんが言うんだから間違いないわ。純くんってバイオ大学でそういうこと学んでいるの?」
「はっ?、うーんバイオっていっても色々あって……」
 その時、四人の若い男女が何やら話しながら店内に入って来た。
「いらっしゃいませ」
 と言った純が固まっている。
 洋子が素早く状況を察して、
「どうぞ、こちらへ」
 と奥の席へ案内する。
「ありがとうございまぁす。いいですかぁ」
 四人はどやどやと席に腰を掛けた。
 純が観念したように席に来て、氷水の入ったコップを四つテーブルに置く。
「なんだよ。皆んな揃って」
「なんだよはないだろう、ゼミの仲間としておまえを応援に来たんだから」
「応援たってオレ、バイトだよ」
「分かってる、わかってる。おごってなんて言わないから」
「じゃぁ、注文わどうぞ」
「モーニング四つ」
 肩より少し長めの髪を垂らした女の子が純を真っすぐに見て言った。
「はい、モーニングですね」
 どぎまぎして立ち去ろうとした純にその子が言った。
「ホットとかアイスとか訊かないの?」
「あっ、でもアイスだよね」
「そう思っても、一応訊くのがふつうじゃない?」
 若者の明るく楽しげな笑い声が店に響いた。

 昼前になると、ランチ目当ての観光客で店内は立て込んで来る。
「ごめん、ごめん。夏休みは健太がいるから来るのが遅くなっちゃった」
 娘の優子が小学一年生の健太を連れて手伝いにやって来た。
「いいのよ。純くんがいるから無理しないで」
 内心ではほっとしながら洋子が言うと、
「そうは言っても看板娘がいないとお店の活気が出ないでしょ」
 と優子が明るく笑う。事実、店内は急に活気を帯びてきた。
「看板娘も宏くんのお嫁になって、今じゃ健太のママだ」
 和雄が珍しく軽口をたたいた。
「おっ今日のマスターは絶好調。いいわねぇ。その調子、その調子」
 シャキシャキとした優子の明るさに、洋子は心が軽くなるのを感じた。
「ごめんね、健ちゃん。お店が忙しい間だけ奥で待っててくれる?」
 健太を連れて、洋子がカウンターの奥の部屋へ入った。
「お昼は何を食べる?」
「うーん、今日の日替わりランチはなあに?」
「お魚のフライ」
「ぼくハンバーグがいいなぁ」
「そう、だったらお客さんが少なくなるまで、ビデオを観てちょっと待っててね」
「うん、わかった」
 一人っ子の健太はひとりでいることに慣れている。手慣れた様子でビデオを点けた。

「お疲れさま、まだランチ間に合いますか。スーパーのバイトの帰りなの」
 二時過ぎになってみち子が駆け込んで来た。
「大丈夫よ。一人分確保しておきました。でも純くんはおにぎりで我慢してね。トラマクワも品切れ」
 優子の言葉に、
「大丈夫、夕食に家で食べます」
 と純が明るく言ったが、
「お生憎さま、トラマクワは全部『まど』に提供しました」
 とみち子が応えたので、店内に温かな空気が広がった。
「みち子さんのお陰で毎日ランチが人気だわ。本当に知り合えて良かった……」
 しみじみと洋子が言い、和雄と優子もうなずいた。

           2

 みち子との出会いは一年前にさかのぼる。
 ランチの時刻が過ぎ、店が一息つくと洋子はいつものように『長浜浪漫ビール』にやって来た。
 店の前を流れる『米川』はかつて長浜城の外堀だった。長浜城は豊臣秀吉が初めて一国一城の主となった城だ。
 この城で男の子が生まれ、歓喜した秀吉は祝いに城下に砂金を与えた。町衆はその砂金を基に曳山を造ったと伝えられている。そんな歴史の名残があふれる長浜の街が洋子は好きだ。
 
 昼時はとっくに過ぎて、店内は空いていた。
「いらっしゃいませ」
 白いエプロンをつけた女の子がすぐに飛んで来た。
「お疲れさまです。こちらへどうぞ」
 女の子とはもう顔なじみだ。
「いつものですか」
「ええ、ありがとう」
 注文をしなくても、中グラスで『長浜エール』が運ばれて来る。クリーミィな泡をたっぷり乗せてもらうのが洋子の好みだ。
「今日も暑いわね、だからビールが最高に美味しい」
 女の子にちょっとグラスを掲げてみせてから口を付ける。深みと少しばかりの苦みが広がる。女の子が下がると、
「美味しいですね。ここの地ビール」
 隣のテーブル席に座っている女性から声が掛かった。女性はハイボールを飲んでいる。洋子よりかなり若く見える。
「お強いようですね、お酒」
 洋子は嫌味に聞こえないように気を付けて言ったつもりだが、
「えっ、なんだか恥ずかしいわ。女だてらにと言われているようで」
 と、女性はやはり傷付いたようだ。
「あっ、そういう意味じゃなくて本当にうらやましくて。私はビール一杯がせいぜいで」
 と慌てて言い訳をした。
 女性は、
「私も普段はビールなんですけど、ここでウィスキーの蒸留をしているので、生まれたてのウィスキーってどんな味かなと、ハイボールを頼んでみたんです」
 と微笑んだ。
「いいですね、若い方は。私も味わってみたいものだわ。ウィスキーの蒸留を店でやってるなんて珍しいですものね。ところでどんな味がするの?」
「うーん、なんか焼酎のような味かな。樽詰めして何年か寝かして、やっと香りと色が付いて本来のウィスキーになるそうです。
「へぇ、そうなのね」
 洋子はいつも来ているのに知らなかった。
「ここへはよくいらっしゃるんですか」
 女性が訊いた。
「ええ、この店は私の息抜きの場。向こうの通りで『まど』って喫茶店をやっているんです。この時刻になると観光のお客さんも途絶えて、一人でホッと一息つくんですよ」
「あっ『まど』なら知ってます。高校生の頃入ったことがあります」
「長浜の方?」
「名古屋に住んでいます。でも口分田に家があって、時々帰って来るんです」
「あら、そうでしたか。お母さまとかいらっしゃるの?」
「いいえ、父母が亡くなってからずっと空き家状態」
「どこでも空き家が問題になっていますよね。この辺りは町屋を改修して宿や店舗として利用しています。それがなかなかいい感じで人気があるんですよ」
「長浜の街は古いから、残しておきたい建物もいっぱいありますものね。うちも築八十年。何度も手を入れたから空き家にしておくのは勿体なくてこっちで暮らそうかなと思う時もあるんです」
「あら、そう。長浜の人口が増えるのはうれしいわ」
「……実は夫が一年前に亡くなって……」
 話が弾んでいたのに、急に声が小さくなった。みるみる下瞼が膨らんでいく。洋子は小さく動揺した。 
「ねぇ、すぐそこだし私の店へ行きましょうよ。いいでしょ、美味しいコーヒーをご馳走するわ」

 和雄はていねいにコーヒーを淹れた。
 心のこもったコーヒーを飲みながら、みち子は夫が悪性リンパ腫であっけなく亡くなってしまったこと、一人息子が来春大学受験をすること、生活が不安なことなどをぽつぽつと話した。
 黙って聞いていた和雄が言った。
「こっちへ帰ってらっしゃいよ。長浜はいい。長浜がいい。きっと心がほぐれる」
 穏やかであたたかな声だった。
「息子さん『長浜バイオ大学』を受験されたら?」
 と洋子が言った。
「お母さん、それは大きなお世話」
 一緒に話しを聞いていた優子がたしなめた。
「そうだったわね、ごめんなさい」
「あっ、いえ息子も一応考えてくれているんです」
 あくまでそれは親の希望でしかないのだろうと洋子は思った。

 しかしそれは現実となり、翌春みち子の息子純は『長浜バイオ大学』に入学した。

 みち子が口分田の家で暮らすようになると、時々『まど』に顔を見せるようになった。そのうち家の前の畑で作った野菜を提供するようになり、気まぐれで店を手伝うようにもなった。
 自分のために持参したおにぎりや漬物が洋子や優子の絶賛を浴び、やがてぬか漬けは『まど』のランチの付け合わせとして登場した。

           3

 店のお客が比較的少ない水曜日、洋子は嫌がる和雄をなだめて、市民病院に連れて来た。家の近くの島本医院の院長から、市民病院の神経内科を紹介された。
 店は優子と、純に頼んできた。アルバイトで店に入った純がよく動いて優子を助けてくれるので、洋子は純が夏休みのうちに和雄を病院に連れて来たかった。
 朝早くに紹介状を出して受付を済ませたのに、昼前になっても順番が来ない。
「昼じゃないか。優子が困っているだろう。もう帰る」
 と和雄がごね始めた頃、やっと順番がきた。
 立木という中年の男性医師の問診があり、レントゲン撮影や採血の検査を終えて病院を出ると二時前になっていた。
「やっと終わった、お疲れさま、お腹すいたね」
 と、洋子が和雄を労っているのに、
「店は大丈夫かな」
 和雄の関心は店のことしかない。
「心配しなくても、優子と純くんでうまく回ってくれているわよ」
 暗に「あなたがいなくても大丈夫」と洋子に言われているように思うのか、和雄はふくれている。
「こんな病院に来なくても、島本先生にかかっているのに」
「その島本先生の紹介状を持って今日来たんじゃない」
「あんな若い医者でいいんか」
「大きい病院にはね、島本先生のような年配の先生はいらっしゃらないのよ」
 近所で昔から受診している医院の老院長を思い浮かべながら、洋子は和雄がそうたやすい病気ではないのではないかと思った。

 次の週に検査の結果を聞きに受診すると、
「一週間ほど検査入院しましょうか」
 と立木医師に言われた。
「えっ、入院って」
 と洋子が驚くと、
「少し詳しく検査をしたいから入院をしてもらうだけで、病気がひどいからじゃないですよ」
 と医師は穏やかに言った。

 入院して検査をした結果、和雄はパーキンソン病だと分かった。
「パーキンってどんな病気ですか」
 なじみのない病名で、和雄は不安そうに立木医師に訊いた。
「高齢者に多い病気で、脳の神経細胞が減って、運動の指令を伝える『ドーパミン』という物質が十分に作られなくなる神経難病です。といっても今は新しい薬が出ていますし、IPS細胞から脳の神経細胞を作り、脳に移植する治験も始まりましたから、今後に期待は持てます」
 IPS細胞や移植と聞いただけで、洋子は頭が真っ白になった。これ以上詳しく聞いても自分では理解できないだろうから優子に聞いてもらおうと思い、
「日常ではどんなことに気を付ければいいですか」
 とやっとの思いで訊いた。
「手足が震えたり、身体の動きがゆっくりにはなります。身体の動きを助けるのにマドパーという薬を出しますね。すぐに日常生活にどうこうということはありませんから、とにかく今はなるべく歩くようにしてください」
 立木医師はやさしく言った。
「稼業が喫茶店で、一日中コーヒーを淹れていて、ほとんど歩かないんです」
「それはよくない。散歩をしたり、お店の中でもいいから、ゆっくり歩く習慣をつけてください」
「はい……」
 洋子の心臓がドクドク、ドクドクと波打つようだった。

 初秋になり、夏の太陽がようやくその威力を低下させた。
 洋子と和雄の姿が米原駅のホームにあった。その日は二人の三十五回目の結婚記念日だった。優子に追い出されるようにして家を出て来た。そうでもなければ、二人が店を休むことはない。それは優子の心遣いだった。
 純の大学が始まり、みち子が代わりに店を手伝っている。純のようにはいかないが、それでも優子の助けになる。
 特急『しらさぎ』がホームに入って来た。
「さあ、乗りましょう」
 洋子は和雄の腕を取った。病気が判ってから、和雄が転ばないように、それとなく気を使っている。
「電車なんていつから乗らないかしらね」
「そうだな」
「優子が宿をとってくれなかったら、来れなかったわ。ありがたいわね」
「本当に大丈夫かな、店」
「任せておけばいいのよ。心配ないわ」
「呑気だな、洋子は」
「優子の気持ちを大切に思うだけよ。三十五回目の結婚記念日に、新婚旅行で行った温泉でゆっくりして、あなたを元気づけようとしてくれているのよ」
「うん……」

 加賀温泉駅で降りると、駅前には何台もの送迎車が待機していた。『せせらぎ亭』と書かれた旗を持った男性が「お疲れさまでした。どうぞ」とにこやかにマイクロバスに誘導してくれた。数人の客が乗り込み、車が出発すると、「やっと涼風を感じるようになりましたね」と運転手の男性はお客を気遣って、愛想よく話した。その男性に、
「運転手さん、裕泉閣という旅館のバスが停まってなかったですね」
 と和雄が話しかけた。
「あぁ、裕泉閣は廃業したんですよ」
 と運転手は言った。
「えっ、いつですか」
「去年です。老舗旅館だったんですが、老舗だけに時代の波に乗り切れなくて」
「そうなんですか、残念です。ずっと昔に泊まったことがありましてね、今回も湯巡りに行ってみようと思っていたんです。随分大きな旅館だったのになぁ」
「ええ、昔は人気がありましてね。新婚旅行のお客さんも多かったですよ」
「ええ、まさしくそれです」
「裕泉閣は規模が大きかっただけに、変わるとなると資金的に厳しかったんでしょう」
「どんな商売も外から見てるだけでは分からんもんですなぁ」
 洋子は、和雄がまたも『まど』のことを気にしているのだと思った。

 マイクロバスは旅館の玄関に横付けされた。『せせらぎ亭』というだけに、宿は渓谷が見下ろせる場所に建っていた。周りの山は深い緑に覆われ、部屋の窓を開けると川音が聞こえた。
 ゆっくりと湯に入り、浴衣に着替えて食事所のテーブルに向かい合うと、なんだか気恥ずかしいような気分になった。毎日四六時中一緒にいるので、こんな気分は新鮮だった。
「美味しい地酒があるそうですから、冷酒でもお召し上がりになります?」
「おいおい、言葉遣いが上品だな」
「そうかしら、だって宿の人が『奥様』っておっしゃるんですもの」
 二人同時に吹き出した。
「新婚旅行の時もこんなふうだった?」
「そうだな、もっと緊張してたよ」
 二人は料理を楽しみ、洋子は少しばかり和雄の飲む冷酒をたしなんだ。

 部屋に戻ると外は真っ暗だった。それでも窓下の川の流れは、宿の明かりに照らされて光の帯となって輝いていた。
「きれいね。こんな贅沢していいかしら」
 少しばかりのアルコールで、洋子はすっかりリラックスしていた。
「こんな贅沢は新婚旅行以来だなぁ。忙しいばかりで、どこへも連れて行ってやれなかった。人はみんなハワイだヨーロッパだと楽しんでいるのに、洋子には苦労ばかり掛けてすまなかった」
「なによ、その言い方。優子も嫁がせて、二人で楽しむのはこれからじゃないの」
「……」
 和雄は唇をかんでいた。
「どうしたの」
 じっとうつむいている。
「……オレ、死ぬんだろう?」
「えっ、何をばかなことを……」
「パーキンで死ぬんだ」
「なんだ、そんなこと気にしていたの。死ぬような病気じゃないわ」
「洋子は知らないんだ」
「何を?」
「優子が言っていた。難病だって」
「そうよ、立木先生もおっしゃっていたじゃない。神経難病だって。だけど死んだりはしないわ」
「進行するんだろ、怖いんだよ。いつかは車イスになるかも知れないって、優子が……」
 和雄の目から涙がこぼれた。
 洋子は胸をつかれた。
 和雄は密かに悩んでいたのだ。彼なりに病気のことを調べたのかも知れない。確かに国が指定した難病だ。根治は望めないだろう。がんのように、手術で病巣を切り取ることもできない。いつかは寝たきりになるかも知れない。じわじわと進む病状に対峙して生きるのはどんなにか辛いだろう……
 今はどんな言葉も慰めにはならない。だけど優子が言っていた。病気は気持ちの持ち方次第で生き方を変えることが出来るって。マルチな活躍をされた永六輔さんは「私はパーキンソンのキーパーソン」とユーモアを忘れず、最後まで仕事に取り組まれたと。
 夫を支えるのは妻の私しかいない。私がしっかりして、そして二人して前向きに生きていこう。

 洋子は冷蔵庫からビールを取り出して栓を抜いた。二つのグラスにビールを注ぎ、一つを和雄に渡した。
 弾けるような声で、
「結婚三十五年おめでとう」
 とグラスを高く差し出した。
「おめでとう」
 和雄も何とかグラスを差し出した。
「私達夫婦と『まど』に乾杯!」
 泣き笑いだった。二つのグラスは軽くぶつかって、カチッと美しい音を立てた。
   
            4

「滑り込みセーフ」
 息を切らせて、みち子がドアを開けた。
「どうしたのよ。転ばないでよ」
 優子が笑っている。
「トラマクワをね、ランチに間に合わせたくて。もうそろそろシーズン終わりよ」
「そっかぁ、残念。これ目当てのお客さん、結構いるから」
「でもキュウリなら年中手に入るから、これからはキュウリが主ね。それとダイコン」
「キュウリ食べる」
 健太がカウンターの奥のドアを開けて入って来た。
「あれっ、健ちゃん学校どうしたの?」
「熱を出して学校休んだの」
 優子が顔をしかめた。
「大丈夫なの?、お医者行かなくて」
「さっき島本医院へ行って来たの。たいしたことなかった」
「そうだったの。知っていればもっと早く来たのに。モーニング忙しかったでしょ」
「ありがとう。父と母で何とかなったみたい。純くんも大学始まったし、マスターもまだまだ頑張らないとね。結婚記念日の旅行も楽しかったみたしだし」
 旅先で和雄が弱音を吐いたことを優子は知らない。
「マスターは身体が大変だから、手伝うわよ」
「ありがたいけど、甘えさせちゃだめ。あくまでもサポートでお願いしますね」
「了解」
 マスターの手は時々細かく震えている。動揺を隠して、必死にカウンターに立っている姿が痛々しい。

 ランチの時間が過ぎ、一段落ついた頃に入口ドアーが開いて、若い女性がヨロヨロと入って来た。
「すみません、トイレ……貸して……いただけませんか」
 洋子と優子が顔を見合わせる。
「どうしたの、さあ、こちらへ」
 優子が案内した。
 女性はなかなかトイレから出てこなかった。
 優子がドアーをノックする。
「大丈夫?、開けてもいい?」
「はい……」
 ドアーを開けると、女性はトイレの床にうずくまっていた。
「まぁ大変」
「ご迷惑を掛けてすみません。お水いただけますか。薬を飲んだら治まると思います」
 みち子が急いで水を持ってきた。女性は床に座ったままで、薬を飲んだ。
「二十分ほど待てば効いてくると思います」
 優子とみち子が女性を抱き抱えるようにして椅子に座らせた。
 しばらくすると落ち着いたのか、青白かった顔にやや赤みが出てきた。
「ニトロ?」
「いえ、痛み止めです。時々激しい腹痛に見舞われることがあって、薬をいつも持ち歩いているんです」
「びっくりしたぁ。救急車呼ぼうかと思った」
 優子がほっとして言った。
「本当にすみませんでした。もう少しいいですか」
「いいわよ。休んでいて。でも私はもう帰るから、みち子さん、後いいかしら」
「任せておいて。健ちゃんもびっくりしたわね」
 洋子の側で小さくなっていた健太を連れて、優子が家へ帰って行った。
「落ち着いたようで良かったですね」
 優子と健太を送り出して、洋子が声を掛けた。
「本当に申し訳ありませんでした」
「一人で観光にいらっしゃったの?」
「ええ、まぁ……、観光というか……」
 なぜか口ごもっている。洋子は不審に思いながらも、
「どちらから?」
 と訊いてみた。
「大阪です」
「大阪なら遠くはないけど、帰りの列車が心配ね」
 洋子は思案顔で言った。その様子を見て、女性は、
「今日は長浜駅の近くのビジネスホテルを予約しています」
 と、言った。
「まあ、そうなの。それならうちで夕ごはんを食べていって」
 そう言ったのはみち子だ。
「そんなこと」
「いいのよ。一人増えても同じ。どうせどこかで食べるんでしょ。宿へはまた送ってあげるから」
「ええ、でも……」
「そんな遠慮しなくていいの。帰るわよ」
 みち子は半ば強引に、女性を自分の車に乗せた。
 
 軽自動車が走り出すとすぐに、みち子は
「ところで、お名前はなんとおっしゃるの?」
 と訊いた。
「野原美紀です」
「美紀さんか。無理やり誘ってごめんね。何かピンッと来たので」
「えっ?」
「今日琵琶湖行って、岸辺で長いこと座っていたでしょ」
「……なぜ分かるんですか」
「うーん、そんな顔してる、というのはウソだけど、私にもそんな時があったから雰囲気でわかるのよ。腹痛も激しいストレスが引き金でしょ?」
「……」
「琵琶湖は波が穏やかで優しいから、じいっと見つめていると、吸い込まれそうになって、このまま沖に向かって歩いて行ったら楽になれるんじゃないかなぁって、そうじゃない?」
 黙っていた美紀が項垂れた。
「私はだれにも必要とされていないんです。母が、子供だった私を連れて再婚して、その母が亡くなって、義理の父は他の人と結婚して、その義父も亡くなりました。
 義父と義母の間には男の子がいて、私は邪魔なだけの存在なんです。子供の頃から家でも、学校でも、就職してもいつも除け者にされていじめられてばかり。生きてる意味なんてないんです」
「そう、じゃぁあなたの命、私の夫にください」
「……?」
「二年前に亡くなった夫はね、まだ五十二歳の働き盛りだった。一人息子は高校生。どんなに生きたかったか。あなたがいらないと言うなら、その命、夫にください」
「……」
「命はね、あげることも、もらうこともできない自分だけのものなの。生まれてきただけで既に奇跡。粗末にしてはだめよ」
「……」
「さぁ家に着いた。一緒にご飯を食べましょ。ビジネスホテルを予約してるなんてウソでしょ。今日は泊まって行ってね」
「そんな……なぜ私なんかに」
「そんなこと言ってる暇があったら手伝って。もうすぐ息子が帰って来る。大学生の男の子ってよく食べるのよ。食欲見ているだけで感動ものなんだから」

              5

 短い秋が瞬く間に過ぎ、十一月も末になると湖北に時雨が来た。大手門通りの人通りも、心なしか寂しい。『まど』も常連客がほとんどで、観光客は少なくなった。
 十二月の半ばともなれば初雪だ。湖北長浜は厳しい冬へと季節は移っていく。それはいよいよ四月の曳山祭に向けての準備の始まりでもある。

「来年は宮町組の『高砂山』が出番だなぁ。十二基の曳山があっても毎年四基が出場するから三年に一度はすぐ来る。もう準備が進んでるって思うけどマスターはお役御免かい?」
 窓辺のいつもの席に座って源さんが言う。
「役員は無理だな。この身体では。でも気持ちだけはだれにも負けないつもりだけど」
 源さんの対面の席に座って和雄が応じた。カウンターには優子の夫の宏が入っている。
 宏は学生時代に『まど』でアルバイトをしていて優子と知り合った。卒業後は市役所に勤め、やがて優子と結婚した。日曜日には親子三人で『まど』にやって来る。
「おたくはいいなぁ。息子がいるから。うちは娘だからなぁ」
 和雄と淳一、それに恒次は同じ「山組」として長年力を合わせてきた。近くに住んでいても源さんの町内には曳山がない。
「孫の健太君が役者に出ればいいじゃないか」
 と恒次が言った。
「そうだ、そうだ。もう出られるよ」
 源さんも力を込めて言う。
「ちょっと、マスターを焚き付けないでくださいよ」
 洋子が笑いながら茶々を入れた。
「健太はまだ一年生だしなぁ、優子は嫁いだ身で役に立てないし」
「宏くんが若衆に出ればいいのさ。マスターの紋付き袴を貸してやればいいさ」
 恒次の言葉に、
「お父さん、そんなこといいんですか」
 宏が驚いたように言った。優子も洋子と顔を見合わせている。
「うーん、そうだなあ」
 和雄はちょっと思案気な顔をした。
 しかし頭の中には健太の晴れ姿が浮かんで来る。
 『高砂山』の舞台の上で、あでやかに着飾った健太が子ども歌舞伎を披露している。黒山の人だかりがやんやの喝采を贈るなか、見得を切る健太。「よっ、待ってました!」の掛け声……それは六十年前のわが身の雄姿に重なる。

『群衆が見守る中、役者の衣装を着けて歩く夕渡りや朝渡りの行事、舞台の上での狂言の奉納、しゃぎりの音とヨイサー・ヨイサーの掛け声、勇壮に通りを曳かれる曳山』

「オレが引退するから、宏くん頼む」
 和雄の言葉に、その場が一瞬しんっとなった。
「あなた……」
 洋子が涙を浮かべた。
「お父さんありがとう」
 優子が喜びを噛み締めている。
「健太よかったな。頑張れよ。パパだって子どもの頃は出たかったんだ。おじいちゃんのお家が山組だから健太は出られるんだぞ」
 宏が興奮して健太にはっぱを掛けている。当の健太は、
「ぼく、役者なんか出たくない」
 と泣きそうになっている。引っ込み思案の健太には、曳山の子ども歌舞伎など興味のないことなのだろう。
「健太!」
 優子が金切り声をあげた。
「まあ待て、まて、健ちゃん奥へ行こう」
 と和雄が健太の手を取った。
「おじいちゃんが役者に出た時の写真を見ような」
 和雄の声は優しさにあふれていた。

 年が明けると、いよいよ役者の選抜が始まる。和雄が申し出て、健太は役者として出演することが決まった。
 洋子は健太が稽古で着る着物を準備した。いつも洋服で飛び回っている健太に、着物の所作が出来るのか、まだ一年生の健太に難しい台詞が覚えられるのか、厳しい稽古について行けるのか……喜びの中にも不安は尽きない。
 
 学校の三学期が終了し、春休みに入ると本格的な稽古が始まる。舞台が設けられた稽古宿へ初めて向かう日、和雄は健太以上に緊張していた。健太とつないだ手がいつにも増して震えていた。

「昔は若衆が学校まで迎えに来てくれたなぁ。肩車に乗せられて稽古に向かう時は誇らしく晴れがましかった」
 今日も『まど』では淳一と和雄が祭談義をしている。
「そうそう、皆んなの羨望の的だった」
 和雄が応じる。
「優子ちゃんが女の子だったから、マスターの家から役者が出るのは久しぶりだな」
「実に六十年ぶり。半世紀以上だ」
「時代が変わっても、こんなに長くお祭を続けているってすごいわね」
 洋子が祭を知ったのは、和雄と結婚してからのことだ。
「町衆の熱意と努力には頭が下がるわ」
 洋子の言葉に、
「もちろんマスターも恒さんもオレも支えて来た一人だけどな」
 淳一が上機嫌で言う。
 
 四月に入った。長浜の街は商店街やスーパーにもしゃぎりの音が流れて、街全体がお祭モードだ。咲き出した桜も華やかさを添える。
 健太の稽古も熱を帯びてきた。台詞の読み、節回し、立ち稽古と、振付師の厳しい指導が続く。朝、昼、晩と若衆がつきっきりで子どもたちの世話をしている。
 洋子も優子も健太の体力維持と健康管理に全力を注いでいる。和雄は健太の稽古場に入り浸りだ。家に帰っても来ても、震える手で健太に振付のおさらいをさせている。『まど』は開店休業状態で、みち子と、春休みになった純とが何とか支えている。
「健ちゃんに甘酒どうかなぁ。栄養あるんだけど」
 みち子も落ち着かない。
「甘酒なんて健ちゃん飲まないよ」
 純もなんだかソワソワしている。祭の当日は、純もアルバイトで『高砂山』を曳くのだ。

 四月十三日になった。その日の夕刻、いよいよ健太が曳山の舞台で初めて狂言を演じる。
 和雄はもちろん、洋子も優子も朝からそわそわして気が休まらない。腰元の衣装とカツラを身に着け、化粧をした健太はどんな姿だろう。
 衣装を着ける楽屋となる町屋から健太が出てきた時、洋子も優子も健太だと気が付かなかった。「ママー」と呼ばれて初めて「ワァ」となった。「健ちゃん可愛い!」。早くも洋子が涙ぐんでいる。
 十四日、町内で演じた後、子ども役者を乗せた四台の曳山が長浜八幡宮に勢揃いする。夕刻、若衆に付き添われた役者が街を歩く。
 十五日、祭のクライマックスを迎える。長浜八幡宮へと役者が歩く朝渡りに始まり、境内の曳山舞台での奉納狂言。その後、御旅所へ向けてヨイサー・ヨイサーと山を曳き、通りの二か所でも狂言を演じる。
 御旅所で最後の狂言が終わる頃はもう夜で、四基の曳山に提灯が灯る。
 この長い一日を健太は持ちこたえることが出来るだろうか。洋子と優子は和雄を両側から支え、『高砂山』について回っている。見学席が設けられていても、和雄の体力ではなかなか大変だ。「ビデオに撮っておくからね」と優子が必死になだめている。
 優子の夫宏は和雄から借りた紋付き袴姿で祭に参加した。子ども役者を乗せて『高砂山』がしゃぎりの音と共に曳かれる時は、頭の上で扇子を仰ぎ、ヨイサー・ヨイサーと大きな掛け声を掛ける。愛らしい腰元姿で舞台に正座している健太の晴れ姿がうれしく眩しい。

 大学の仲間と一緒にアルバイトで綱を引く純は汗だくだ。曳山がこれほど重いとは予想以上だ。綱を引く時、健太が舞台の上から見ているのだからへばってはいられない。

 『まど』では、みち子が奮闘している。店は休んでいるが「宮町組」の休憩所になっているので、ひっきりなしに人がやって来る。和雄や洋子や優子は戦力として当てにならない。純と宏は祭に参加している。
「こんにちは」
 ジーンズ姿の女性が入ってきた。
「あらっ」
 一目見て元気そうだと分かった。
「いいところへ来てくれたわ。お祭の休憩所になっているの。助っ人お願いするわね」
「はい、わかりました」
 美紀はうれしそうに答えた。
「元気そうで安心したわ」
「はい。あの時はありがとうございました。今は何とか踏ん張って仕事をしています」
「そっか。よかった」
 出番が終わったのか、どやどやと休憩の人達がなだれ込んで来て、座る場もない。
「みち子さんごめんねぇ」
 洋子と優子も帰って来た。和雄はさすがに座り込んでいる。
「あれっー、お久しぶり」
 優子が美紀を見つけて声を掛けた。
「お久しぶりです。あの節はお世話になりました。今日はお祭を見たくて来ました」
「そう。あのね、うちの息子が役者で出てるの。腰元の役。可愛いから見てやって」
「うわぁそうですか。ぜひぜひ」
「話しはそれくらいにして、皆んなにお弁当配って。しばらく忙しいわよ」 
 みち子にはっぱを掛けられて、
「はい」
「はい、はい」
 と美紀と優子が気を引き締める。
 
 四時を過ぎて、街中の観光客も少なくなってきた。『まど』も落ち着き始めている。健太の舞台も残すは御旅所での一回のみだ。
「健ちゃん、本当に落ち着いているわねぇ。心配してるのは大人だけ。大した度胸だわ」
 洋子が胸を撫で下ろしている。
「ホント、本物の歌舞伎役者もびっくり」
 優子もうれしそうだ。
「うん、大したもんだ。さすがオレの孫だ」
 和雄の言葉に、皆んなが顔を見合わせて笑っている。
「長浜っていい街ですね。あたたかい。私も住みたいって思っているんです」
「それはいいわね。働くところがなかったら『まど』でもいいわよ。『まど』はね、大きく窓を開いて来る人を迎え入れたいと、先代がつけた店名なの」
 優子が応じた。
「うれしいなぁ。私ね介護をする人の手助けになるような仕事をしたいと思っています。時間は掛かるかも知れないけど、いつかきっと長浜で仕事をします」
 皆んなが拍手をした。
「もうすぐ健ちゃんの今日最後の舞台が始まるわよ。『高砂山』に提灯が灯ってきっと幻想的だと思う。健ちゃんも全力を出し切って演じると思う。さあ皆んなで応援しましょ」
 洋子がそう言って和雄の右腕を取った。
「御旅所まで歩ける?」
 優子が左腕を取る。
「当たり前じゃないか。孫の雄姿を見ずにどうする」
 その時、宏が帰って来た。
「お父さん、ぼくが背負います」
「ありがとう、大丈夫だよ宏くん。祭のことはきみにバトンタッチをしたよ。頼んだよ」
「はい、きっと……きっと……」
 後は言葉にならない。
 妻と娘に両脇を支えられて、和雄がしっかりと歩み出した。

                                        了


 
    

















               
   
             


          
                

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