能当を継ぐもの1

 普段、温厚な人ほど怒るときは激しいものだ。八年前、安永九(一七八六)年のあの日、齢九つの国友藤一の様子を見て、まさに怒髪天を衝くというのは、こういうことなのだと思った。
 相手は、怒る張本人の父、国友藤兵衛だった。
「つまり、わしのやり方は間違っていると。藤一はそう云うのじゃな」
「はい。鉄(くろがね)の道理に合いませぬ」
 作業場の空気は張り詰めていた。二人の弟子は手を止めている。
 藤一が鉄砲鍛冶の棟梁を務める藤兵衛へ作業手順について、文句を云っているのだ。私も「藤一様およしなさい」と手を取ってなだめようとしたが、「佐平治はだまっていてくれ、これは俺と親父の問題なんだ」と振り払われた。
 棟梁は、「思う所を申してみよ」とうながす。
 ちょうど今作っていたのは、おねじと呼ばれる鉄砲の筒の後ろをとめる金具だった。
 藤一は壁にかけてある一匁半(口径九.九ミリ)の小筒と三〇匁(口径二七ミリ)の大筒を持ってきた。手早くばらし、尾栓(びせん)を取り出す。その手つきは、鉄砲鍛冶の職人さながらで、まったくよどみがなかった。
「この二つは、大きさは違うものの同じ尾栓です。しかし、作り方が違う。中筒以上の大きなものは、鉄からやすりなどを用いて切り出す一方で、細いものは円柱に細い鉄を巻き付けワカした(鍛接した)のちに、ねじの山を切る作り方をしています」
「そうじゃな。して、その製法の何が問題じゃ」
「細い方が、つまり口径の小さな鉄砲は、このねじでは強度が保てません」
「しかし、種子島が渡って以来、国友で考え出されたその製法は異国製のものと遜色のない性能を誇っておるし、相当の火薬を入れてもそれに耐えるだけの作りにしてあるが」
 槌を所定の場所に置き、肩をはだけた右手であごひげを触りながら藤兵衛は返した。少しうれしそうに見える。私は、持ってきた炭をそっと作業場の端に置いた。
「そこです。日ノ本に鉄砲が渡って以来二百有余年。もちろん先人たちの工夫は大いにあるでしょうが、基本的な構造は変わっていませんし、飛距離や威力も当時の倍までは強くなっていないでしょう。しかし、これから求められるのはさらに強い鉄砲やそれに代わる武具なのです。そのためには、鉄くずをワカしてつくったようなねじでは、いつ暴発するやもしれません。やはり強度のことを考えれば……」
 話は続いている。藤一は、ことからくりや鉄砲の話になると言葉が止まらなくなる。話だけを聞くと、分別の付いた大人のように聞こえる。しかし夏には川で鮎を獲り、秋には里で柿をもいでは喜んでいる姿は、私と同じ全くのわらべなのだ。
「分かった。藤一の云うことに分があろう。確かに同じものを作り続けるのではなく、使いやすいものへと改良を続けねば、鉄砲を求めるものの数は減る。また、使う側の視点で改良を続けねばならんという藤一の考え、随分先を見据えておる」
「そうです、父上。加えて使用者に危険が及ばないようなものを……」
 話し続ける藤一を遮って棟梁は大声を出した。
「皆、聞け、今日、この時を以て国友藤兵衛の名を長子藤一に継ぐこととする。物心ついてよりこの作業場に出入りしていたが、今より藤兵衛の名を襲名せよ。弟子として、わしの知る限りの技を伝授する。お前の筋なら一〇年はかからんじゃろう。したがって、わしは藤内(とうない)を名乗るが、独り立ちできるようになれば、正式に村の皆にも触れを出す」
 ここ、北近江・国友は鉄砲鍛冶の村だ。家康様の時代から、御用鍛冶として毎年注文を受けている。いや、いた。実は、年々発注量は下がっている。と、父は晩酌のたびにまだ一〇に満たない私によくこぼしたものだ。
 国友藤兵衛という名前は、ここ国友村を牛耳る四人の年寄を支える年寄脇(としよりわき)という役職も同時に指す。年寄たちは、鉄砲の収入の多くを持って行くだけで実質自らの手を動かさない。したがって、実務の筆頭は、この年寄脇を務める四家が務めていた。中でも藤兵衛が鉄砲を作る技術の面でも、人望の面でも他家を抜きんでており、実質この国友村の中核をなしていた。
 私は、父が銃のカラクリ(機関部)を作る金具師でこの家に出入りしていた関係で、物心ついた時には国友藤兵衛の作業場に出入りしていた。幼馴染で一つ年上の現・藤兵衛にいずれは仕えると思っていたからだ。

宇瑠栖
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