「目覚めよ・・・・・・
栄えあるサイボーグ・ビースト第一号よ。」
脳裏に誰かの声が響いて、我輩は目覚めた。
「ベアーボーグ・ムーンライトリング・寒冷地仕様よ!」
その声がひときわ大きく響き、次第に意識がはっきりして来ると、目の前にある、この光るものはなんだろう? と、疑問に感じるだけの余裕がようやく生まれた。
月? ではない。月は一つだ。
目の前にあるそれは、月に似た、光る丸の周りに、それより一回り小さい丸が五つ、同じように光を放っていた。
星? でもない。星はもっと小さい。
それに、月も星も夜空に出るものだ。
この光る球体は、白い壁面の内側にぶら下がっている。
白い壁面、だと?
我輩は、この時初めて、仰向けに寝かされている事に気付いた。
なぜ、仰向けなのか。
首を右に向ける。
我輩の右前足が、真っ白い台の上、鎖で縛り付けられていた。
鎖などというものを使うのは、人間しかいない。我輩は人間に捕まったのか?
するとここは、奴らの住処の中という事になる。
首を左に向ける。
我輩の左前足には、銀色の帯状の物で、細長い形をした青い板が括り付けられ、そして足首は、やはり鎖で縛り付けられていた。
殺される!
奴らはいつも、我輩たちを見つけると、火を噴く杖を持って追い回し、殺す。
毛皮を剥ぎ、肉は食らっているに違いない。
我輩の命運もこれまでか。
我輩は死を覚悟し、そっと目を、閉じようとした。
だが、まず目を閉じる事すら、かなわなくなっていた!
「なぜ、目を閉じられん!」
口をついて出た言葉に、我輩自身が驚いた。
それが人間どもの言語だったからだ。
「お目覚めかな? ベアーボーグ・ムーンライトリング・寒冷地仕様君。」
そこへ白衣にメガネの、人間のオスが入って来た。
“白衣”? “メガネ”?
なぜ我輩が、そんなものを知っている?
「最初に説明しておこう。君の脳神経に、ウィンドウズXPで動くコンピューターを直結させてもらった。
意思の疎通を図るのに、翻訳ソフトが必要じゃったのでな。」
この人間は、我輩の毛皮を剥ぎ、肉を食らうつもりではないのか? なぜ意思の疎通など必要があるというのか。
「申し送れたな。私の名は襟谷一樹。じゃが人は、ドクター・ブーステッドと呼ぶ。」
「我輩をこんな体にしたのは、お主か。」
とりあえず、最初に疑問に感じた事を尋ねた。
「いかにもじゃ。」
そのオスは、いともあっさりと答えた。
いや違う、もっと急を要する疑問があるはずだ。
「目が閉じられん。寝る時は、どうするのか?」
それだ!
「寝る時はな、君の左目に分波器がついておるじゃろ?」
そう言ってその人間のオスは、動けない我輩の左目に手を伸ばした。
「これに挿してある同軸ケーブルをこう、引っこ抜くとじゃな。」
視界が暗転した。
これで一つ解決した。では次だ。
「起きる時は、どうするのか?」
返答を待ったが、答えが返って来ない。
「おい。」
暗闇の中で、我輩は言いようの無い不安に襲われた。
「おい!」
あの人間、同軸ケーブルとやらを抜いたまま、どこかへ行ってしまいやがった。
「おい!」
最後にもう一回叫ぶと、我輩は諦めた。
どうも殺されるという訳でもないようだ。しかし、まさかここで冬を越す羽目になるのではあるまいか。
我輩はブナ林に残して来た妻のピアジオ、娘のイヴェコを思い浮かべた。
そうだ、我輩が食料を探して帰らねば、二頭とも飢え死にしてしまうではないか!
そう考えるとおちおち諦めても居られないのだが、目が見えないのではどうにもならない。
「おい!」
無駄とわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
いつの間にか眠っていたようだ。
物音がしたので、音のした方へ顔を向けてみたが、やはり何も見えない。
どこかへ行っていたドクター・ブーステッドが戻ってきたのだろうか。
「おいお主!
我輩は起きておる。目を開ける方法を、教えてくれい。」
「はいよ。」
違う人間の声。そして再び視界に光が戻った。
目の前にいたのは、あの、我輩をムチでしばいたメスだった。
「お主!」
「はいはい、起きる時は同軸ケーブルを再接続、そのぐらいは自分で挿せるようにしとかなきゃ。」
「そんな事を言われても、こう、鎖に縛られていたのでは、無理だ。」
「バッカねえ、アンタ。
強化改造されてるんだから、そんな鎖引きちぎれるわよ。」
「なに?」
試しに両方の前足に力を込めてみた。
ガチャン!
いともた易く鎖は切れた。
やっと上体を起こすことが出来た。上体を起こして、我輩の下半身に人間の衣服“ズボン”と“わらぐつ”を穿かされている事に初めて気付いた。
その後ろ足を思い切り上げてみる。
後ろ足を縛っていた鎖も、また簡単に切れた。
違和感をぬぐいきれぬまま、台から降り立つ。四つんばいになろうと思ったが、やめた。
後ろ足だけで立つ方が、何故かバランスが安定しているのだ。
メスが声を立てて笑った。
「傑作ね、すごいセンスだわパパ。
まあ万人ウケはしなさそうなデザインね。」
キョトンとしている我輩に、メスは一方の壁を指し示した。
「ほら、そこに鏡があるでしょ。
自分の姿、見てみ。」
メスが指差した方向に、ツキノワグマに似て異なる姿をした、異形の怪物が立っていた。
折れたツララが突き刺さった白い“ヘルメット”、そのヘルメットの前面に、爛々と赤い光を放つ目。
右目には“分波器”から伸びる“リード線”が、二本の”ネジ”で固定されている。
分波器のもう一方から伸びる“同軸ケーブル”が、ヘルメット右側に立てられた小さな“アナログアンテナ”に接続され、その上に雪が積もっている。
両肩にも雪が積もり、ツララが下がっていた。
両前足には我輩と同じような鋭い爪、そして我輩の左前足に括り付けられているのと同じ板を、そいつは右前足に括り付けられていた。
そして後ろ足にはズボンとわらぐつ、これも我輩が穿かされているのと同じものだ。
我輩は身構えた。
すると、人間のメスがもう一体現れ、怪物の隣に歩み寄ってきた。
こちらにいるメスも・・・・・・ええい、ややこしい!
「おいお主、名前はあるのか?」
「レナよ、襟谷レナ。」
うむ。レナも我輩の隣に歩み寄って来たので我輩はもう一つ尋ねた。
「向こうにいるメスにも名前はあるのか?」
「あれもアタシ、その隣にいるのがアンタ。」
「どういう事だ!」
「あれは鏡と云って、光の反射を利用して、アタシとアンタの姿を映してるのよ。」
「笑えぬ冗談だ。」
ふと見ると、向こうに居る怪物も身構えているではないか、奴も我輩と戦う気なのだ。
「ウガアァ~!」
我輩は叫び、奴に向かって突進した。奴もこちらへ突進してくる。
どちらの爪がより強靭か、勝負だ!
思い切り振り下ろした爪と爪が激突した瞬間、奴のいる空間が、砕け散った。
足元に飛散した無数の破片、その一つ一つに、怪物の異形の顔が映し出されていた。
「これでわかった?」
うむ。レナの言った事、すべて理解した。
この異形の怪物こそが、我輩自身なのだと。
「おのれ!」
我輩は、一番大きめの破片を爪で突いた。
破片が三つに砕けたが、それはただ、映し出される我輩の異形の姿も三つに増えただけだった。
砕けた破片を、我輩はわらぐつで踏みつけた。
「おのれ!」
更に踏んだ。
「おのれ!」
「ちょっと、そんなに砕いたら、あとでお掃除が大変って、リリィさんに怒られちゃう。」
「リリィとは誰だ。まだこのイエの中には人間が居るのか!」
その時、背後で物音がした。
「わたくしがリリィです。」
振り返ると、部屋の扉が開け放たれ、そこに”メイド”が、例の火を噴く杖・・・・・・我輩の脳神経に直結されたコンピューターからの情報によると“ライフル”というものを構えて立っていた。
人間のメスであったがコンピューターは、そいつが“メイド”という属性である事を告げていた。
同じ人間のメスでもレナには特に属性はないようだ。
何も属性の無いレナでさえ我輩を一撃で気絶させたのだから、“メイド”という属性のついた、このリリィというメスは、さぞかし高い戦闘力を有していると思ってかからねばなるまい。
「レナお嬢様。すぐにそいつから離れて下さいな!」
リリィが我輩に“銃口”を向けた。
「待って!
だってほら、こいつ別に暴れてる訳じゃないし、鏡だって知らずに割っちゃっただけだし。」
「いけません!
そいつの脳神経に直結してあるコンピューターのOSは、もうサポート切れなのですよ。
いつ故障して狂って暴れ出すかわからないのですよ。」
「だったら何でセブンかエイトにしなかったのよ。」
「翻訳ソフトをXP対応しか持ち合わせてなかったからです。
さあ早くそこを、おどき下さいな。」
「どけ。」
我輩はレナを押しのけ、リリィに向かって一歩、歩み出た。
「いい覚悟ですわね。成敗!」
リリィが引鉄を引くと同時に、我輩は左肩を前に出し、左前足にくくりつけられた“シールド”で弾丸を弾き返した。
我輩の脳神経に直結されたコンピューターが教えてくれた通りにしただけだ。
「キィッ! 小ざかしいですわね。」
リリィが再びライフルを我輩に向けて構え直した時、我輩は既に跳んでいた。
自分でも、こんなに跳べるのが不思議だったが、これも“強化改造”とやらのせいだろう。
爪のひと薙ぎで天井を切り裂くと、熱湯が滝のように降ってきた。
「うわっちっちっち!」
切り裂いた穴から必死で這い上がると、いきなり人間(多分オス)の尻が目の前に現れた。
「うおぅ!」
「誰じゃ~! 私の一日一回の、しやわせ~な時間にお湯を、いや水を注す奴は~・・・・・・って、のわぁ~~!!」
そう言って振り返ったのは、ドクター・ブーステッドだった。
服を着ていない。
「キサマッ、ベアーボーグ・ムーンライトリング寒冷地仕様!」
「パパ、その名前、長い!」
我輩が這い出てきた穴の下から、レナが叫んだ。
「人間のイエというものは、天井を突破すると屋根の上に出られるのではないのか? ここはどこなんだ!」
「バカ言っちゃいかん、地下室の天井を破ったからって、その上がすぐ屋根な訳がないじゃろう。」
「ここはどこかと訊いておる!」
「ここは君、見ての通り風呂場じゃよ。
あ~~湯冷めするではないか。」
“風呂場”と呼ばれた室内を見回すと、そこは壁も床もすべて“タイル”を“シリコンコーキング”でつなぎ合わせて構築されていた。
扉が一箇所、窓が一箇所、いずれもすりガラスの引き戸だ。
扉の方がガラッと開いて、リリィが飛び込んできた。
「ドクター! お助けいたしますっ。」
そう叫んでまた銃口を我輩に向ける。
しつこい人間だ。
我輩は迷わず、窓に向かった。
ガシャーン!
窓をぶち破り、我輩はようやくイエの外に躍り出た。
「湯冷めするじゃろがーっ!」
背後でドクターが喚いたが、かまわず我輩はコンクリートブロックの砦を跳び越えた。
東の空が、うっすらと明るくなってきていた。
いつしか夜明けを迎えていたらしい。
幸い、まだ外をうろつく人間やクルマの姿は見えなかったが、夜が明け切る前に山へ戻るのは無理そうだった。
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