さて、このあたりでそろそろ、アタシの自己紹介をしておこうと思う。
 襟谷レナ。九月生まれの十七歳。
本来は高校二年生なんだけど、一年の時に高卒認定試験に受かってしまっているので学校には行ってない。だけどまだ在学はしてる。
だってまだ“JK”って呼ばれていたいもん。だから学校は行ってなくてもいつも制服(笑)。
たまに気が向いた時、パパが自宅で開業している歯医者を手伝うときも制服。
 実はこう見えて和菓子が好き。「あんころ」とかもう最高だよ。
 海鮮系はちょい苦手。まあ、色々と海産物の美味しいと言われる地域に住んでるんだけどね。
 家族構成はパパ、そしてその助手というか、住み込み家政婦兼看護師のリリィさん、あと中学二年生の妹・リサがいる。ママは会社勤めでしかも部長職、今は大阪に単身赴任中だ。
 ママの単身赴任は結構長く、リサが物心ついた頃には既に大阪だった。そのせいか、つまりパパの主導で育てられたせいなのか、リサはどオタクに育ってしまった。
 ほら、もう明け方の四時だというのに、まだ部屋の明かりがついている。きっとパソコンでBLゲームをやっているのに違いない。
「リサ、入るわよ。」
 ノックなしでいきなり引き戸を開けた。
「ちょ! 今一番いいところ・・・・・・」
 案の定、デスクトップのモニターには、熊ミミの美青年とウサミミの美少年が見詰め合ってるイラストが、大きく映し出されていた。
「ちょっとスカイプ使わせて。」
「お姉ちゃん自分のスマホあるじゃん。」
「検索とかキーボードじゃないとメンドクサイんだもん。」
 アタシはリサを押しのけるようにしてマウスを奪うと、BLゲーの画面を最小化し、デスクトップのアイコンからスカイプを起動した。
 プロフィールがリサのIDのままになっていたので一旦ログアウトし、アタシのIDで入りなおす。
 『検索』のところへカーソルを移動させると『BBMLR01』と打ち込み、そこで現れた『スカイプを検索』と云うボタンをクリックした。パパのつけるIDなんて、もうパターンが読めている。
「ビンゴ~!」
 思った通り、あの熊ちゃんのコンピューターにもスカイプがインストールされていて、IDが割り当てられていたのだ。プロフィールにはご丁寧にも『ベアーボーグ・ムーンライトリング寒冷地仕様』と書いてある。
 それにしても何このアイコン、あの熊ちゃんのサイバーパンクな顔が、昭和のギャグマンガみたいな絵柄で描いてある。描いたのは多分、パパなんだろうな。
 まあいいや、とりあえず、連絡先追加のリクエストを送ると、リサのBLゲー画面をアクティブに戻した。
 後は、待つだけだ。

     +++++

「んのわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 “アラーム”が鳴り響いた。
 耳から聞こえるのではなく、我輩の頭の中に直接響いてくるそれは、生まれてこのかた体験した事のない不快な“電子音”だった。
「あるーひ ゆきやまで くまさんに であーた なだれのゆーきーやーまーでー くまさんにーでーあーた」
 電子音は人間そっくりの声で、そう言っている様にも聞こえた。
『通知機能:スカイプに連絡先追加リクエストが届いています。』
 視界の左下に、そう書かれたメッセージウインドウが表示される。
「だから、だからどうしろというのだ!」
 また新しいメッセージウインドウが表示される。
『スカイプを起動しますか?』
「する、する!」
 起動の返事をしたとたん、左目の視界いっぱいが水色に染まり、その中で白い水玉が、残像を残しながら回り始めた。
『スカイプを起動しています。』
 ヒューッ、ポン!
 緊張感のない音と共にスカイプが起動した。
『レナ 襟谷さんがスカイプの連絡先リストへの追加を希望しています
 許可 拒否』
「わかった、許可、許可!」
 『許可』を選択すると、ほどなくレナから音声通話がかかってきた。
「アンタ今何処にいんの。」
 いきなりといえばいきなりな尋ね方だった。
「何処といわれても・・・・・・」
 とりあえず我輩は山に入った。と云っても住処であるブナ林のある山まで、夜明け前に帰り着くのは無理そうだったので、何処でもいいから近くで斜面と林のある場所を見つけて登ってきただけなので、何処と訊かれても、どう答えれば伝わるのかがわからない。
「近くに何か、目印になるようなもんなぁい?」
 そう言われてふと視線を上げる。
 人目を避け、とりあえず林の中に潜伏したが、まだ比較的、人間どもの活動範囲が近い。
 木々の間から見える高台に、イエともオブジェともつかない建造物が見える。そこからちょっと視線を戻すと、大きな黒い岩に文字が彫ってあった。
「風の城、と彫ってある。」
「ああ、風の城ね。ちょっとそこで待ってなさい。
 いい? 絶対人に見つかっちゃダメよ!」
 そう言われて通話は終了した。
「・・・・・・・・・・・・。」
 果たして、レナをこのまま信用しても良いものか、判断が付きかねた。
 だが今は言われた通り、ここでじっとしているしかなかった。
 あのイエから逃げ出すことができたのも、レナのおかげと言えなくもないし、それに……それに、今ここを動けば確実に、他の人間に見つかるからだ。
 我輩の潜伏場所からわずか五メートルほど先、林に面したミチの脇に、先ほどからクルマが一頭、ブルルルルーとうなりながら佇んでいた。
 しかもそのクルマ、ゆっさゆっさと、揺れている!
 まるでここに我輩が隠れているのを知っていて、威嚇しているかのように。
 我輩は身を伏せ、息を殺した。
 体の震えが止まらなかった。

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