人間が、動物を模して造った、主に人工知能によって自律制御される自動機械を総称して“ロボット”と呼ぶ。
そしてロボットの中でも、人間を模したものを“アンドロイド”と呼称する、と、我輩の脳に直結されたコンピューターにはそう入力されていた。
「それではお前は人間に造られた機械だというのか?」
「僕を造った人が誰なのか、いえ、その人が、人なのかどうかも僕は知らないのです。」
ナダレはハキハキと答えた。
「ナダレはな、不完全なアンドロイドなんじゃ。半機半獣のお主とは、ちと境遇が似ておるのう、くきききき……。」
「不完全とは? どういう事だ。」
「はい、僕のボディは寒冷地限定仕様と云って、寒冷地以外での稼働が想定されていないので、常温下では人工知能が過熱して壊れてしまうのです。
ですからこの、気候破断装置の効力が及ぶ範囲でしか生きられないのです。」
我輩はあたりを見回してみた。
吹雪いているのは、気候破断装置から鳥居までの半径三十メートル程度の圏内。鳥居の外は実に穏やかな木漏れ日が降り注いでいた。
ずいぶんと狭い生息範囲ではないか。
「もうちょっとこう、範囲は広げたりできんのか?」
「動力源さえ確保できれば、日本全土を雪にうずめる事も出来るんじゃがな、くきききき……。」
「動力源とは?」
我輩の問いに答えたのはナダレだった。
「はい、この装置の動力機構はかなり特殊で、本来のスペックを発揮するには特定の周波数を持つ電磁波が必要なんです。
その周波数というのが、ツーオイ石という鉱石が空気中のイオンから逆変換して発するパルスと同じ周波数でなければならないんです。」
「交流電源が必要なら、インバーターでも持ってくるのがよかろう。」
「電気そのものが来ておらんのにか?」
「あ……」
「交流電源」にしても「インバーター」にしても、脳神経に直結されたコンピューターの提示する名称をそのまま口に出しただけであり、実は我輩自身、まったく理解していない。
「たとえ電気が来ていてインバーターがあっても、この装置の機構は本当に特殊ですから、有線出力じゃないんです。
逆変換した電磁波を、ビームという形で各ユニットの受光器に照射しなければならないんです。」
コンピューターが瞬時に検索を始めたが、そのようなシステムに関する記述はどこにもなかった。
ローカルに情報がなかったので外部ネットワークに接続しようとしたものの、『ネットワーク接続圏外』というメッセージとともに終了した。
意外と不便である。
「いったいなんだってこの装置を造った者は、こんな面倒なシステムにしたのだ?」
「水分と、低温下での電気抵抗低下によるショートを防ぐためだと思います。」
「なるほど、ではその、石を採って来るしかないのだな。
で、どこに行けばあるのだ? その石は。」
「まあ、場所はわかっておるのじゃがな、くきききき……」
百足獅子は、長い身体をくねらせながら、我輩とナダレの間に割って入って来た。
「なら話は早い。わかっておるなら我輩がそこに行って採って来よう。」
「エジプトはカイロ郊外のギザ台地……」
「何っ?」
「……近辺!」
「近辺なのか!」
「またはバハマ諸島近海、バミューダ・トライアングルと呼ばれる海域の底。」
「海底とか!」
「もしくはメキシコのユカタン半島、以上じゃ!」
我輩の脳神経に直結されたコンピューターには一応、世界地図も入っているので、そう簡単に行けない場所ばかりである事はわかった。
「もっとこう、せめて日本国内で採れる場所はないのか。」
「採れる場所はないがな、持っておる人間が居る可能性ならあるぞい。くきききき……」
「誰だ! その人間とは。」
「他でもないわ、お主をその身体に改造した人間じゃよ、くきききき……」
「なん……だと?」
「そうですね、熊さんの体から微弱ではあるけど、ツーオイ石にものすごく似た波動を感じます。」
「完璧とまでは行かぬが、現物を解析した事がなければここまで似せるのは無理ぞい、くきききき……」
そんな話をしながらナダレと百足獅子は、我輩の体をまじまじと見た。
東の空がうっすらと白みかけてきた頃、オトロシが鳥居の上でものすごい大きないびきをかき始めた。
この森の連中も、基本的に夜行性らしい。
ナダレも気候破断装置の中で、眠りについたようだ。
「ワシはもう老体じゃきに、こう寒い所では、よう寝れんぞい、くきききき……」
百足獅子はそう言って森の入口のある方角へと飛び去って行った。
我輩はと云えば、気候破断装置の後ろの岩肌に、ちょうど手ごろな洞穴があったので、そこをねぐらとする事にした。
とはいえ、丸一日半ほどまったく寝ていないのに、いざ横になっても全く眠れない。
分波器の同軸ケーブルを抜くのがまず億劫だった。
「ドクター・ブーステッド……」
ふとその名を呟いてみる。
奴がその、ツーオイ石とやらを持っているかも知れないと、そしてそれがあれば、ナダレはこの氷の牢獄から解放されるのだという事。
せっかく逃げ出して来たというのに、また奴のところへ戻ろうかなどと、我輩は考えていた。
それはまあいい。
あのドクター・ブーステッドという人間に関しては、さほど脅威には感じてはいない。あのイエに侵入しようと思えば、レナだって手引きぐらいはしてくれるだろう。
障害となり得るのは、そう、あのメイドが問題だった。
さすがにこちらから攻め込むとなると、あのメイド・リリィとは決着をつける覚悟が必要だった。
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