眼鏡
その日は清々しく気持ちの良い朝だった。
「今日は彰人とのデートだ。」
篠崎佑は、幼なじみである高槻彰人とのデートのため、浮かれていた。
朝から念入りに髪をセットし、お気に入りのカットソーとジーパンでキメ、コンタクトを入れようとした時だった。
「お兄ちゃん、邪魔!
どいて!」
佑は、後ろから妹にいきなり押され、コンタクトを落としてしまった。
コンタクトは排水口へと消えていった。
「あー!
てめー、何すんだよ!」
ムカつき、妹に文句を言うが、はなから口でかなうわけもない。
「ふん!
いつまでもそこにいるからでしょ!」
結局、気の強い妹に追い出され、佑は仕方なく予備のコンタクトを探す事にした。
自分の部屋のアクセサリーボックスを開け、予備のコンタクトを探すが見当たらない。
「ここに入れといたんだけどなあ。
仕方ない。
眼鏡、探すか。」
佑はそう言うと、コンタクトを諦め、眼鏡を探した。
久しぶりにかける黒ぶちの眼鏡。
「流石に度が合わないなあ。
それにダサい。
ついでに新しく買おう。」
佑はそう呟いた。
「佑!」
いきなりドアが開いたかと思うと後ろから誰かに抱きしめられた。
「佑!
いい匂い。」
「彰人!」
それは今日のデートの相手、彰人だった。
「佑はいつもいい匂い。
石鹸の香り。」
彰人は佑の首筋に顔をうずめ、佑の匂いを嗅ぐ。
擽ったくて、思わず笑いそうになる。
「今からヤリたくなる。
佑、しよ。」
彰人はそう言うと、服を脱がせにかかろうとした。
「彰人、映画行くんだろ。
早く行こう。」
佑は彰人の腕を振りほどいて、彰人の方を向いた。
「佑?
懐かしいメガネだなあ。
コンタクトは?
あ、もしかして明日香ちゃんのせい?」
「あたり。
眼鏡買いたいし。」
洗面所での出来事を思い出したのか、佑は眉間にしわを寄せた。
「俺が選んであげる。
いや、選ばせて?」
彰人が佑をなだめる様に言った。
「うん。」
彰人の言葉が嬉しくて頷いた。
「何やってんの?
高身長の男二人で…。
キモいなあ。」
開けたまんまだったのだろう。
明日香が通りすがりに言葉を投げつけて行った。
「相変わらず可愛くない子だなあ。」
彰人は不機嫌そうに言った。
「仕方ないよ。
明日香は彰人が好きなんだ。
なのに彰人を俺がとったから。」
佑は申し訳なさそうに、悲しげに言った。
「佑は悪くないだろ。
佑を選んだのは俺だよ。
俺はずーっと佑と一緒にいたいんだよ。
おじいちゃんになってもさ。」
彰人に今にもキスしそうな距離で言われ、佑は顔を赤くした。
「彰人…。」
「佑、可愛い。」
彰人はそう言うと佑にキスをした。
彰人は名残惜しげに離れると、
「さあ、佑、デートに行こう。」
と、微笑みながら言った。
電車に乗ってショッピングモールまで行く。
「メガネ屋さんに行こう!」
彰人は佑の手を引いて進んでいく。
「彰人!
はずいって。」
佑は恥ずかしそうに言った。
「俺が佑の手を握っていたいの。
佑は嫌だった?」
彰人は立ち止まると、佑の顔をのぞき込んで言った。
「い、嫌じゃない。
だってさ、さっきからずっと見られてるから…。」
「見せつけよう!
俺は見せつけたい。
俺の彼氏はこんなにも美人なんだぞって。
美人で可愛くて、誰よりも努力家で!
世界で一番大切な人なんだって!」
彰人は自信満々に言った。
「よく、恥ずかしげもなく言えるなあ。」
「本当のことだからさ!」
佑は堂々と言ってのけた彰人に抱きついた。
「彰人にはかなわないなあ。
あんな嬉しいこと言われると何にも言い返せないだろ。」
「顔真っ赤にして、可愛いなあ。」
彰人は顔を赤くして照れている佑の頬にそっとキスをした。
「彰人、早く行こう。
恥ずかしくてたまらない。」
「りょーかい。」
彰人は佑の手をしっかりと握りメガネ屋に向かった。
メガネ屋に入ると、ゆっくりと眼鏡を見て回った。
佑はノンフレームの眼鏡を手に取るとかけてみた。
「佑、それだと冷たく感じる。
佑は美人なんだから尚更ね。」
「じゃあ、どんなのがいいってのさ。
もう、黒縁眼鏡は嫌なんだ。」
「うん。
知ってる。
それと頭痛くなったりしてたからってのもあってコンタクトにしてたんだろ。
それじゃあ、軽いのにしよう。」
「彰人に任せる。
選んでくれるんだろ?」
「もちろん!」
それからは洋服を選ぶように一つ一つ試着していった。
店員もオススメしようと試みるが、声をかけづらいのか離れた場所から見ていた。
「これ!
佑、これかけてみて。」
彰人がかけてみろと眼鏡を手渡した。
黒と紫のコントラストのフレームの眼鏡だ。
その眼鏡はとても軽かった。
「すっげー軽い。
彰人、どお?」
「うん。
似合う!」
彰人が選んだその眼鏡をかけて振り向くと、彰人は満足そうにしていた。
「じゃあ、これにする。」
佑は嬉しそうに微笑むと、店員の元へ向かった。
「これください。」
「はい。
視力を測りますのでこちらへどうぞ。」
それから視力を図り終えると、
「あの、すぐに眼鏡出来ますか?
今日中にいるのですが。」
と店員に聞いた。
「わかりました。
本来なら一週間はお時間いただくのですが、なんとか致しましょう。
夕方までに間に合わせますので、それでよろしいですか?」
「はい。
無理言ってすみません。
お願いいたします。」
店員の心遣いにお礼を言うと、佑は彰人の元へと急いだ。
「お待たせ。
夕方までに何とかしてくれるって。」
「そっか。
よかったな。
それじゃあ、食事に行こう!
「映画は?」
「また今度。
食事して、ショッピングモール見て回ろう。」
「彰人…。」
「ここさ、観覧車あるだろ?
それに乗ろう。」
「うん。」
佑は嬉しそうに頷いた。
それから二人は再び手を繋ぎ、イタリアンレストランへ行った。
ちょうどお昼時で、ランチを楽しむために来ているお客でいっぱいだった。
「こんでるなあ。」
「大丈夫。
すみません。
予約していた高槻です。」
「高槻様ですね。
どうぞ。」
店員に案内された先はテラスだった。
「彰人、予約してたの?」
「そ、佑の家行く前にね。
天気もいいし、ここのテラスからの眺め最高だからさ。」
「カッコ良すぎ。」
「バイト代入ったし、せっかくのデートだし、奮発したかったの。」
運ばれてきた料理は、前菜3品の盛り合わせ、季節のサラダ、旬の魚介類たっぷりのスパゲッティ、パン、デザートとプチフルーツの盛り合わせ、紅茶だった。
紅茶のいい香りを楽しみながら、頂いた料理を思い出す。
「美味しかった。」
「だろ?
ここ、一番人気の店なんだよ。」
「誰かと来たなんてことは?」
「あるわけ無いだろ。
佑と来たくてネットで調べたんだよ。」
「連れてきてくれてありがとう。」
「また来ような。」
「うん。」
してふ二人はショッピングモールの最上階へと向かった。
観覧車に乗るためだ。
流石に親子連れや、カップルが並んでいた。
「ホントはさ、遊園地行って、観覧車から夜景見たかったんだけどね。」
ようやく乗り込むと、彰人はそう呟いた。
「今度、遊園地行こう。
俺、弁当作るし。」
「佑の手料理!
嬉しすぎ!
よし、次は遊園地な!」
彰人は思わず佑に抱きついて言った。
その為にゴンドラが揺れる。
「ばか!
席もどれ!
危ないだろ。」
「わりい。」
彰人は悪びれたふうもなく席に戻る。
それから二人は自然とキスをした。
ゴンドラが下に降りるまでキスをした。
そして、雑貨屋を見たり、アクセサリーを見たり、ウィンドウショッピングを楽しんだ。
夕方になり、眼鏡を受け取り、帰路についた。
家の前まで来ると、佑は新しい眼鏡をかけた。
「彰人、大切にする。
彰人が選んでくれたから。」
佑はそう言うと、彰人にキスをした。
「照れるじゃないか。」
久しぶりに見る彰人の照れる顔。
佑しか知らない彰人の素顔。
「彰人の全てが宝物だけどな。」
佑はそう言うと再び彰人に抱き着いた。
明日香の怒鳴り声がするまで。
おしまい。