一・君に見せたい物がある
窓から庭先の花を見て僕は、すぐさま君の写真を膝に置き、ハンドリムを動かして庭に繋がるスロープを降りた。今年の梅の花も、例年よりも早いけれど、それでも当たり前のようにして咲いていた。その当たり前を、僕は隣に君がいないままでもう何年見続けているだろうか? 子供達は成人式の日を迎えて、僕は中年に。車椅子に乗らないといけなくなってからも久しい。
君と別れたあの日。あの子達が産まれた日。僕の足が動いていた日。いつだって必死だった。君が逝ってしまったその瞬間も。暴力的に放り出されたあの子達を育む日々も。
魅力的な親父だったとは世辞にも言えまいよ。もし口に出してそんなことを言ったなら、もういない君はきっと笑うだろう。いや、怒るだろうな。
君が愛おしい。女々しいと笑って、怒るかもしれないが、愛おしい。だから捨てられなかった。何もかも。テニスラケット。写真、君が映った動画のデータ各種。その他諸々。それと、
――君が僕に残した肉声の数々。
――君が僕に残してくれた、記憶。
それらを思い出すことがとてつもなく苦しい時もあって、僕は最初の何年間かは何度も嗚咽を堪えきれず、壁を殴り、酒を呑み、暴れては皆を怯えさせた。不安にさせた。赤ん坊だった三人の子供達が、ぎゃんぎゃんと泣き喚く声に合わせて、僕まで泣いていた。
支えてくれる周囲の人がいなければ、きっと僕も、子供達もこうして生きてはいないだろう。そんな人達がいてくれたのは、やっぱり君がいたからなんだよ。
大袈裟だと言わないでくれ。酒の力だ、とからかわないで聞いてほしい。僕が酒に強いのは、君も知っての通りだから。
写真に映る、梓色の長い髪の毛。地毛で、産まれた頃からそういう淡く黄色い髪の毛がうっすら見えていたから、梓。そんな名前の由来を聞いて。写真を見せてもらってその可愛らしさにもまた、僕は笑っていたんだっけ。
庭の大きな梅の花のそばに、僕はテーブルを一つ置いた。梓は梅の花が好きだった訳じゃない。というより、花はあまり好きじゃなかったなぁ。仏壇の花も、甲斐甲斐しく世話してくれてはいたけれど。
テーブルの上に日本酒、という風景に風情があるのかどうか、よくはわからないな。風が吹く。花びらが、舞って。