三・ないものねだりが死ぬ、その日まで
ハンズフリーでの会話がデフォルトのケータイを開いて電話をかける。仕事は終わってるだろう。帰ってきてるだろう。プルルル、プルル。ほらね、繋がった。
こんばんは。お前さん。
こんばんは。お前さん。
こうしてこの時間にお前さんから電話が掛かってくるのも、定番ね。
そうだね。
また、死ねなかったのね。
うん。そうだね。
アタシは良かったと思ってる。
どうして。
だってそうでしょ。お前さんと話をするのは、楽しいのよ。
……ありがとう。
どういたしまして。
俺はどうしたら死ねる。
部屋を掃除したら。
意味わかんねぇ。
お前さんはまだ生きてる。
あぁ。お前さんもまだ生きてる。
それはどうだか。
意味わかんないんだけど。
お前さんは死んでない。
あぁ。お前さんだって死んでない。
そうだね。死んでない。
死んでない。
そう。死んでない。
生きてたくない。
でも生きてる。
それはどうだか。
お前さん、意味不明だね。
どうすれば良い。
どうしようもない。
お前さんと生きてる。
そうだね。お前さんと、生きてる。
望むものが何でも手に入るなら。
入るなら。
無、が欲しい。何も、いらない。
でも、何もかもが欲しい。
違うさ。無なんだ。無が、欲しい。
それはつまり何もかもが欲しいって、ことじゃないのかい。お前さん。
あぁ。わからない。わからないよ。お前さん。
そうかい。
あぁ、そうさ。
でも今、気持ち良い。
どうして。
聞こえない。何も。お前さんを真似るあの声が不快で不快で。でも、今何も、聞こえない。お前さんの声だけ聞こえて、幸せさ。
お前さんの声が聞こえるから、幸せだ。
あぁそうさ。幸せさ。幸せだ。
おやすみなさい。おやすみなさい。
でも電話は切らないで。
どうかいつまでだって繋いでいて。
おやすみなさい。おやすみなさい。
でもどうかいつまでだって繋いでて。
生きてる。
生きてる。
まだ、生きてる。
生きていく。生きていく。
ないものねだりが死ぬ、その日まで。
――了――