裏切者

 
                ◇ ◆ ◇
                
                
「一体一では勝ち目が無いよ! 取り囲んで一気に殺りな!!」
 ローゼの声が響く。兵士達はクラウスを三六◯度取り囲むようにして襲いかかった。
 だが、クラウスはあくまでも冷静だ。右、左と視界を向け、状況を把握する。
 そして、彼は前方へ駆け出した。狙うは少し動きが遅れていた兵士数名。
 まず刀を振り上げた一人の腕に槍を突き刺す。更にぐりんと捻った。「ぉグあァ!!」と刺された兵士は苦悶の声を上げる。
 血と肉が少し付いた槍の穂先。クラウスは柄を瞬時に長く持ち替え、素早く振った。前方の敵数名の腹を切り裂く。
「ぎぃィ!」「ごぉあぁ!!」「ぎゃぁあああ!」と、兵士達は苦痛を孕んだ叫び声を放つ。さらに空中に鮮血と肉塊が舞った。これこそ、クラウスの狙い。
「ヒッ、ヒィィ!」と、兵士の一部が怯えたような声を上げた。その隙を逃さず、クラウスは兵士の喉を貫く。その後、大きく振りかぶって兵士の頭を吹き飛ばした。
 これら、革命軍の兵士は元は民衆。プロの軍人や皇国の兵士ではない。ならばこういった、身体を大胆に使う大振りな技や、視覚的な脅しは効果が高い。誰だって、『死』は怖いのだから。
 読みやすい斬撃を屈んで躱し、自分ごと回った。回転によって遠心力を得た槍の穂先は、彼の周囲にいた兵士達の足を容易く切り裂く。
 ──くそッ、雑兵じゃあ相手にならない!
 クラウスの戦いぶりを見ていたローゼは、小さく舌打ち。少しでも隙を見つけたら飛び掛かるつもりだったが、まるで無い。今割って入ったら、恐らく自分も斬られてしまうだろう。そう思わせる程、彼の武技は凄まじいものがあった。しかも、こちらの兵士がプロではない事も見抜いていて、それに合わせた戦い方をしてくる。合理的で、残虐だ。
「──さて、次はローゼ。貴様だ」と、クラウスはインディゴの瞳をローゼに向けた。何十人といた兵士達は一人残らず地に臥している。
「これはもう、使い物にならんな」
 そう言って、彼は片鎌槍を放り投げた。代わりに腰に差していた刀を抜く。
「来い、裏切り者よ。その力、我が前に示せ」
 クラウスは刀の鋒をローゼに向ける。ローゼは冷や汗を流しながら、二本のレイピアを構えた。
 ──そして、突進する。
 ぎゅっと柄を持つ力を強め、ローゼは袈裟斬り。クラウスは難なくその斬撃を刀で受け止める。
 だがもう一本余っている。左手に持っていたレイピアの鋒をクラウスの顔に向け、突いた。
 彼は顔を傾け、それを躱す。帽子がふわりと浮いた。
 かと思ったら、いきなり間合いを詰められた。
 そのまま、クラウスはローゼに頭突き。思いの外威力が高く、彼女は軽く脳震盪を起こした
 ──いけない。隙が出来た!
 元々上手(うわて)の相手。その隙を見逃してくれる訳もなく。
 足払いを掛けられ、派手に転ぶ。視界が反転した。
 その直後、ローゼの右脚に刀を突き刺された。
「ぐうぉオ──────ッッッ!!」
 ズボッと、刀を抜かれた。悪あがきでレイピアを振ったが、クラウスはバックステップでその斬撃を回避する。
「残念だったな、ローゼよ。貴様の企みは失敗だ」「くッ、くそ……ッッ」
 ぎゅうっと、唇を噛む。これで、終わりなのか……。
 クラウスは落ちた帽子を拾い、それを目深に被ってローゼを見た。
「しばし待たれよ。──我の手で、王女の時代は終わらせる」
「………………え?」
 ローゼは耳を疑った。彼が言った言葉は、彼の手で王女を殺すという、普段の彼の行動からは想像も出来ない解釈が出来るものだったから。
「ま、待ちな!」と、ローゼは叫んだ。クラウスは振り返る。
「何を、考えてんだい?」
「……。それは、貴様には関係の無い事だ」
 その言葉だけを残し、彼はその場を立ち去った。
 
 
                ◇ ◆ ◇
                
                
「うっ、うぁあ! 何よこれ、どうなってるのよ!!」
 炎に取り囲まれる玉座の間。そこに、一人の王女が取り残されていた。
「誰か! 誰か助けなさいよバカぁ!!」
 リーゼロッテは誰もいない室内で叫ぶ。だが、当然助けなど来ず。
「……うっ、うぅっ。誰か……誰かきてよぉ……」と、プライドが高いはずの彼女は、無様に涙を流した。
「誰かぁ……」

「助けてよ、クラウスぅ……!」

 彼女は、最も信頼する男の名を呟いた。
 すると、
 
「……大変お待たせ致しました。不肖クラウス、只今参上致しました」

 低く、けれどもずっと聞いていたいような落ち着いた声。彼女を抱きかかえる大きな腕。
 そっと、リーゼロッテは目線を上げる。
 そこには、いつも見慣れた、整った顔立ちをした青年がいた。
「……遅いのよ、クラウスのバカぁ! 処刑するわよ!!」
「大変申し訳ありませんでした。──少し、手間取りまして」
 彼はリーゼロッテを抱えたまま玉座の間を飛び出す。襲いかかる炎を避け、まだ火焔の魔の手が伸びていない廊下まで避難した。
 ゆっくりと、リーゼロッテを地面に下ろす。
「どうなってるのよ、これは」と、クラウスを睨みつけながらリーゼロッテは尋ねた。
「反乱です。ローゼの主導による、王女リーゼロッテへの」
 クラウスは、冷静に答えた。
「反乱……?」
 その声音に、リーゼロッテは怒りを込める。
「……根絶やしにしなさい」と、彼女はゾッとするような冷たい声で言い放った。

「私に逆らう無礼者は、全て皆殺しよ!!」

「………………」
 だが、その言葉にクラウスは返答しなかった。いつもならここで「御意」と、無表情で言うはずなのに。
「……? どうしたのよクラウス。私の命令が聞けないっていうの!?」
 彼女はその声と表情に苛立ちを顕わにしながらクラウスを問い詰める。
 対するクラウスは、いつものように無表情で、左腰に差している脇差を抜いた。
「……何よ、それ……っ」
 光を反射してギラつく刀の刃に、リーゼロッテはやや怯えながら尋ねる。
「……もう、終わりにしましょう。王女」と、クラウスは言った。
「……どういう事よ」
「ここ最近、全国各地で反乱が発生しています。──全て、王女の暴政のせいで」
「何が言いたい……!」
「何という事はありません。ここで、全て終わりにしましょうと、そう申しておるのです。この私と共に、散りましょう」
 クラウスは、刀の鋒をリーゼロッテに向ける。
「……裏切ったのね」
 小さく、彼女は呟いた。その拳を、様々な感情を入り混じらせ、震わせながら。
 
「アンタまで、この私を裏切ったのね! クラウスぅぅうううううッッッ!!」

 その声は、廊下には良く響いた。
 怒りで表情を歪ませた王女は……やがてその瞳から、ぼろぼろと、涙を零した。
「……信じてたのに」と、消え入りそうな声で彼女は呟いた。
「クラウスだけは、信じてたのにぃ……っ!」
 透き通るように透明な涙が、ぽたり、ぽたりと地に落ちる。
 ──何も、思わない訳ではない。
 ──不憫だと、感じない訳でもない。
 それでも、クラウスは決めたのだ。──もう、終わらせようと。
 昔からリーゼロッテはわがままだった。そりゃそうだ。彼女の望むものは全て与えられてきたのだから。
 そんな彼女が王の座についても、また幼少の頃のように欲しいものを貪欲に求めるのは、あながち分からなくもない。今迄手に入っていたのに急に手に入らなくなるというのは、理解し難いのだろう。
 本当は、優しいお方なのだ。成長の過程を、間違っただけなのだ。
 
 もし、王女が、平民としてこの世に生まれついていたら──────……
 
 『たら』『れば』を考えても仕方がない。現状は、変わらない。
「王女、リーゼロッテ。僭越ながら、一つだけ、お願いが御座います」と、クラウスは言った。
「……申してみよ」と。リーゼロッテは答えた。
「まず、先に謝っておきます。先に王女を一人で逝かせてしまう事、大変申し訳ありません」
「………………」
「……それで」


「──出来る事なら、|彼方《・》の世界でも、私を傍に置いて下さい」


「………………。フン、ま、今回だけは特別に許してあげる。感謝しなさい」と、リーゼロッテは不満気に、けれどもほんの少しだけ笑みを見せて、そう言った。
「……有難き、仕合わせ」
 相変わらず無表情で、クラウスは礼の言葉を言う。
 そして、
 一瞬でリーゼロッテとの距離を詰め、
 刀を大きく振り上げて。

 ──|斬《ザン》ッ! その命を、刈り取った。
 
 
                ◇ ◆ ◇
                
                
「………………」
 廊下には、沈黙が流れていた。
 美しい。死んでしまっても、彼女はとても美しかった。
「何の用だ」と、クラウスは振り返りもせずに言う。
「うへぇ、気配だけで分かるもんかい」
 クラウスが視線を後方に向ける。そこには、脚を引きずりながら歩いてきたらしい、ローゼがいた。
「……殺ったのかい」と、彼女は尋ねた。
「あぁ。すぐに、我も逝くつもりだ」と、彼は答えた。
「一人ぼっちにしておくのは、あまりに可哀想だろう?」
 クラウスは帽子を脱ぐ。はっとするような美形だった。黒の長髪が肩に流れる。
「……最期に聞かせてはくれないかい?」
「何だ」
「クラウスは、姫の事をどう思ってたんだい」
 すると、彼は少し返答に間を置く。
「……それは、畏れ多すぎて、とても言える事では無いな」
 そして、彼は少しだけその表情に笑みを見せた。
「……一つ、頼みが有る」
「何だいこの気に及んで」
「我を、殺せ。仮にも当代最強と呼ばれたこの身。この首にも、それなりの価値はあろう?」
「……。フンッ。そんなの、お安い御用さ」
 ローゼは悲しそうに笑った。……自分が好きだった人を殺すという事実に対し、悲しく、笑って──────



 地面に横たわる、二つの身体。
 冷たくなってしまった二人の男女を見ながら、ローゼは考える。
 ──これは、悲劇だっただろうか。
 ──いや、当然の報いだ。悲劇も何も無い。因果応報って言うだろう。そういう事なんだろうねぇ。
 ──……。
 ──クラウスは、気付いていたのかねぇ。
 
 ──自分が、ただ、王女に『恋』をしていたのだという事実に──────……
 
 本当のところはどうだろうか。そんなもの、彼に聞いてみないと分からないが。
 ──まぁ、良いか。
 ──あたしが死んだその時には、問い詰めてやろうかねぇ。
 城内は炎が侵食している。革命の炎は、今にもこの城を焼き尽くさんとして、煌々と火柱を上げていた……。

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