この島に漂着して十日。俺は既に、生きる目的を失いかけていた。
呆然と海を眺め、全てを失ったあの日を思い出す。
‐‐‐
あの日、俺は全てを失った。
運が無かった。そう言ってしまえばそれまでのことなのだろう。
だがあの日、俺は部下を、苦楽を共にしてきた船員たちを一度に失ってしまったのだ。
全力は尽くしたはずだった。
敵艦隊の集中砲火に遭い機関が停止してからも、思いつく限りの対処はした上で退艦命令を下した。副艦長に後を託し、俺自身は艦と運命を共にするつもりだった。
栄光の皇国海軍、その第六戦隊旗艦『ライラック』と共に、俺は海に沈むつもりだった。
しかし、海の女神はそれを許さなかった。
沈みゆくライラックの艦橋から見えた爆炎。黒煙の向こうに浮かぶ幾つもの艦影。聴こえるはずのない部下たちの悲鳴――。
退艦した兵たちを救うべく駆け付けた駆逐艦も悉く被弾していき、俺はただ手元の羅針盤を叩くことしかできなかった。
炎と煙に包まれた海に浮かぶ水兵たちを、ただ見ていることしかできなかった。
眺めていることすら耐え難くなった俺は潔く自決することを決めた。皇王陛下から賜った軍刀を抜き、切っ先を臍部へ向けたのだ。
だが、俺は腹を切ることすら許されなかった。
逆手に持った刃で腹を貫こうとしたそのとき、激しい揺れが艦橋を襲ったのだ。衝撃で頭部を打ちつけた俺は意識を失い、気が付いたときにはこの浜に流れ着いていた。
自分の置かれた状況を悟ったとき、俺は気が狂いそうになった。多くの同胞を失い、与った艦も失い、自分だけおめおめと生き残るなど耐え難い苦痛だった。
だが軍刀も小銃も失った俺に、自決の手段は残されていなかった。
‐‐‐
俺は何もないこの島にたった一人取り残されたのだ。
いや、本当は一人ではない。
俺は焚火を挟んだ向こうで横になる少女に目を向けた。
ぼさぼさの赤い髪が焚火の明かりに明滅し、病的なまでに白い肌は薄明りに青く揺らめいて見えた。歳は十五、六だろうか。ボロ布のような服に丸まって、穏やかな寝息を立てている。
そう。この名も知れぬ少女が居る限り、俺は一人ではないのだ。
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