危うい、空
その日、空が軋んだ。
僕たちはいつも通りだった。何気なく町を歩いて、なんとなく駄弁ったりして、時には笑って。そんな日常でのことだった。
「な、おい、あれ見ろよ!」
僕は友人が指した空のほうを見上げた。
良く晴れた空だった。青い青い、空だった。白い雲がところどころに浮かんで、夏でも冬でもないはっきりしない空模様だった。それでも空気は乾燥していて、空の青さがどうにも目に染みた。
だが彼が指したのは空ではない。その片隅にそびえる、僕らの通っている学校の屋上。柵の、こちら側―――柵を乗り越え、踏み外したら落ちてしまう―――に、彼女は居たのだった。
「やめなさい!君にはまだ未来があるんだぞ!早く柵の内側に戻りなさい、桐野さん!」
桐野、という名前に僕は見覚えがあった。図書室で何度も彼女を見かけたことがあった。彼女は図書室の常連だ。そして僕は、現在も図書委員として活動中である。必然的に彼女とは毎日のように顔を合わせることになる。名前は、カードと顔を見比べながら自然と覚えた。彼女は毎日、本棚の左上から右下に、順繰りに借りて読んでいくというかなりの乱読者なのだ。数ある本の中には全く文体の違う作者の作品を抱き合わせたものもある。そうでなくとも文庫・新書・ハードカバーと事細かに揃えてあるので同じ話を二度三度と読むことになる場合もある。しかし彼女はそんなことはお構い無しなのだ。
ぼうっと、桐野という女子に思いをはせていたらば、いつの間にか校庭には人だかりができていた。
面白半分で見に来ている生徒がほとんどらしく、教師の面々がその対応に追われている。
「君には、心残りがないのかい?」
僕はそっと、呟いた。
彼女には、絶対にやり残していることがあるはずなのだ。確実に、絶対にだ。