コンビニで酒とつまみをしこたま買い込んだ。
後輩と買い物。案外楽しいもんだな。
ウキウキしている自分がおかしかった。
「ここです」
「おじゃまします」
「どうぞ」
狭いけれど、こぎれいな部屋。
悪くない。
片付き過ぎてると萎縮しちゃうし、このくらいの生活感がくつろげていい。
「酒、冷蔵庫に入れとくぞ」
「あ、はい。お願いします」
冷蔵庫を開けると、同じメーカーのタッパーが並んで詰め込まれている。
煮物や漬物が透けて見える。
「お前、料理するの?」
「ああ、下手の横好きですけどね」
「いや、偉いじゃん」
「そんなことないですよ。好きなだけです」
パタパタと足音を立てて冴木が走り寄ってくる。
「なあ、これ、食っていい?」
「え。でも、色々買ってきたじゃないですか」
「それはまた今度でいいよ」
「今度?」
「あ、いや、違う。日持ちする物ばっかりだから、置いとけばいいって話」
俺はなにを焦ってるんだろうか。
冴木が漬物や温め直した煮物を皿に盛っていくのを、俺は立って見ていた。
「先輩、あっちで座っててくださいよ」
「いや、お前がすげえ楽しそうだから、見てると俺も楽しくて」
「え?」
「あ、いや、やっぱ、あっち行ってるよ」
おかしい。俺は何を口走ってるんだろう。
テーブルに並んだ食事は、色も香りも全てが美味かった。
「本当に美味いよ」
「ありがとうございます…」
照れながらも満更じゃない表情の冴木。
ああ、なんかいいなあ。こういう時間って。
ニコニコと酒を飲んでいた冴木が、段々静かになってきた。
酔ってるのか?顔を覗き込むと、目がとろ~んと蕩けている。
「冴木、大丈夫か?」
声を掛けると、冴木は妖艶な笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「せんぱい」
顔を寄せて耳元で囁かれ、ゾクゾクした。
火照った頬。潤んだ瞳。
艶やかな唇。
ああ、これ、キス魔じゃねえよ。見てるこっちがキスしたくなるんだ。
フェロモン出し過ぎ。
「キスしてください」
「あ?」
「減るもんじゃないんでしょ?いいじゃないですか」
うう。そう言ったのは俺だけど。
「いや、ダメだ」
今ここでコイツにキスしたら、確実に何かが自分の中から減ってしまう気がする。壊れてしまう。
ダメだ。
俺は冴木を引きはがした。
「せんぱい?」
「ダメだ」
「ダメだ」
「ダメだ」
呪文のようにつぶやきながら、俺は冴木を押し倒した。
「お前が誘ったんだからな」
言い訳をして唇を重ねる。
んっ
漏れる吐息が色っぽいと思う俺はもう、ダメだろう。
にんまり。
ニコリともニヤリとも違う。
悪魔のような笑みを浮かべて、冴木が舌を絡めてくる。
「おっおい、待て…」
形勢逆転、グルリと世界が回って逆に組み敷かれた。
執拗に出し入れされる舌に、もう俺の思考はついていけない。
誰だよ、キスくらい減るもんじゃないしなんて言った奴。
俺かよ。
こんなキスされたら、全部持ってかれちまう。
視界が暗くなる。
重い。
冴木が覆いかぶさってきたのだ。
「おい…」
「ぐー」
「は?」
「すー」
寝てやがる。
俺はどうにか冴木の下から這い出て、洗面所へ向かった。
冷たい水で顔をばしゃばしゃと洗う。
「あいつに酒を飲ませちゃいかんな。大学の仲間ってのの言う通りだ」
真っ白なタオルを拝借して、ゴシゴシと顔を拭いた。
「飲むのは、俺の前だけにさせないとな」
俺は変な決意をして、冴木の元に戻った。
うつぶせで眠りこける冴木をひっくり返し、唇にちゅっと軽くキスを落とす。
「んー」
よく寝てる。
ゴロリと隣に寝転がると、すぐに睡魔が襲ってきた。
さて。起きたら、何が待っているでしょうか。
それは俺にもわからないけど。
きっと、さっきまでの俺たちには、戻れない。
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