店を出て、ぼんやりと歩く。
胸にあるモヤモヤは、喪失感?
違うな。女ひとり幸せにしてやれない自分への情けなさかもしれない。

男と女ってのは面倒くさいもんだなあー
俺はぐーんと伸びをした。

ま、お互いここが潮時だったんだろう。
うん、と頷いて歩き出すと、交差点の向こうに男女が見えた。
もめているように見える。
どこも大変だなあ。他人事のように苦笑しながら近づくと、男は冴木だった。
そうか。冴木も面倒くさい思いしてるんだな。ご苦労様。

気づかないふりで通り過ぎようとしたその時。

バチンッ
乾いた音が響いた。

女が冴木の左頬にビンタしたのだ。

ええ。
こんな往来でビンタって。昼ドラじゃないんだから。

「さよなら!」
泣いてるのか怒ってるのかわからない声で叫んで、女が走り去っていく。
女ってのは、そうやって走って逃げる生き物なんだな、きっと。

頬をさすっている冴木と目が合う。
あちゃー。悪い。ここはさっさと消えるべきだったな。俺も気が利かねえな。

「先輩…」
「おお。奇遇だな。こんなところで」
「そうですね」
「しかもあれだ。俺も今、女と別れてきたところだ」
「え」

俺は赤く腫れた冴木の頬に手を当てた。
熱い。
「痛そうだな…」
「大丈夫です」
「そうか?」
さすった拍子に、唇に手が触れた。

「あっ」
俺は思わず声が出てしまった。昨夜、柔らかかったキス。
ああ、俺は何であんなことを思い出してるんだ。
ぶんぶんと頭を振って、記憶を消し飛ばす。

「失恋記念に飲みに行くか。おごってやるから」
わざと大きな声で言った。動揺を悟られてはいけない。
「おごりですか」
「ああ。かわいそうな後輩を見過ごせないし」
「まだ居酒屋やってないんじゃないですか?」
「ああ、まだ早いか。じゃあファミレスか。コーヒー1杯おごったってつまんないしなあ。そういや、お前、酒はあんまり好きじゃないのか?昨夜も飲んでなかったよなあ」
そうだ。冴木はずっとウーロン茶やコーラしか頼まなかった。
素面だったのだ。

「いえ。飲めないわけではないんですけど」
言いよどむ冴木を、じっと見つめる。

「酔うとキス魔になるらしくて。大学の仲間に、飲まない方がいいって止められてから外では飲んでません」

キス魔ねえ。
「本当にそんな奴いるのかねえ。酔ったふりして、欲望丸出しでキス迫ってるだけじゃねえの?」
「さあ…覚えてないんですよ。ただ、男も女もその場にいた全員とキスしたらしいんです」
「全員って?」
「8人かな」
「ふーん」
今までキス魔なんて奴と一緒に飲んだことねえからなあ。よくわからないけど。そういう奴もいるのかねえ。
飲むとガラリと性格変わる奴はたまにいるよなあ。

「あの、先輩」
「ん?」
「俺の家、この近くなんです。来ませんか?」
「いいのか?」
「はい。コンビニで何か適当に買って、家で飲みましょう」
「よし。飲むか」

昨夜はせっかく飲んだのに酔えなかったしな。
飲み直しだ。

「楽しみだなあ」
「ん?」
「いや、いつも家で一人で飲んでるから、人と一緒に飲むの、久々なんですよ」
「そうか。じゃ、思いっきり飲め。俺が面倒見てやるから」
「はい!」

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