section 12:Bell Tolls "XV. The Devil"
炎上する博物館から助けだされた黒人男性の処遇は、"ジャッカル"に一任することになった。連絡要員であるジェーンいわく、「何かお考えがあるみたいよ」という事だった。
大男は車で"ジャッカル"の元に送られる時に、一同を見て「借りは必ず返す」と言い残した。この言葉は、どうやら悪い方の意味では無さそうであった。
15th November,192x
ロンドン警視庁の捜査では、歴史学博物館の火災は警備をしていた男の煙草の不始末が原因という事だった。何かしら裏から圧力でも掛かっているのかも知れない。だが既にミイラに殺されていた男は何の言い訳も出来るわけもなく、他に意義を唱えようとする者も存在しなかった。実際の事件がどうであろうと公式にそう発表されてしまった以上は、世間一般の"真実"はそういう事になる。
警察から出てきたロードマック卿は数人の記者たちに囲まれて、博物館の火災や消失したミイラに関する質問に答えていた。
「ミイラは大変残念でした。ですが博物館には保険も掛けてありましたし、特別展示の準備で一部の貴重な品々は保管庫に移していたので私の財産へのダメージはさほどでもありませんでした」
にこやかな笑顔でそう答えるロードマック卿は周囲の記者たちをぐるりと見回した後、通りの反対側へと視線を向けた。その先に腕組みをし、無表情で立っているのはリリスだった。彼女と目があうと笑顔のまま声に出さず、その男は何か言った。リリスの目つきがわずかに険しくなる。「Congratulation」と口が動いたからだ。
一通りのインタビューが終わったらしく、ロードマック卿は近くに止まっていた黒い車に向かって歩いて行く。記者たちも各々写真などを撮影しながら、散開した。
車に乗り込もうとしたロードマックを見ていたリリスの唇が極薄く開き、短く息を吸い込んだ。乗り込む時に軽く持ち上げられた杖。蛇の輪の意匠がついたそれに見覚えがある。持ち手が取りつけられてはいたが、間違いない。あのミイラの錫杖だ。
ドアを閉じる瞬間もう一度ロードマックの視線がリリスへと向いた。にやりと口元を歪めて笑う表情に、彼の本性を垣間見た気がする。路上に立ち尽くすリリスの前から車は走り去った。
「良いのか?放って置いて」
車の後部座席に乗っていた色の浅黒い、それでいて白人の顔立ちをしている男性がロードマック卿に話しかけた。
「奴らは我々に手出しは出来ない。何より杖は無事に戻ったのだからな。失敗作の始末の褒美に、短い命に情けを施す位は問題はないだろう」
ロードマックの言葉に浅黒い肌の男は鼻先で笑った。
「おまえがそう言うのなら、私はどちらでも良いが」
「それに殺すには、少し惜しいしな」
「今の女がか? 」
笑いを含んだ声に、ロードマックも口元を歪めて笑う。
「連中全員だ。あの者たちが我れらが同士であれば、良き兵士となれた事だろう」
「……心霊調査機関か。奴らは表に出る事はあまりないと聞いたが、こうも早く相まみえる機会があるとはな」
「全くだ」
二人の男はそれきり黙り、車はそのままいずこかへと去った。
車は完全に視界から消え、記者たちもいなくなった。
教会の鐘が厳かに響き渡り、ミサの開始を告げる。祈りのために教会へ向かう人や忙しく通り過ぎて行く人の流れの中で、まるで取り残されたようにリリスは立ち止まったまま鐘楼を見上げた。青い瞳に、町の喧騒の上に広がる灰青色の空が映っている。
命を落としていった者たちは無事神の御下へと辿り着く事が出来ただろうか?
そして、自分たちの祈りの言葉は、彼らの魂と共に神に届いているだろうか?
「あいつは私が狩るわ、必ず」
鐘の音にかき消された極低い呟き。
それはゴーストハンターである"リリス"ではなく、一人の人間"アイリス・エリス・グレイス"としての言葉。
リリスはコートの襟を少しだけ立て、晩秋のロンドンの石畳を何処へともなく歩き始めた。
To Be Continued