後日談

 ある休日の午後。
 リーファス・フレミングは近所のマーケットを特に目的がある訳でもなく、ぶらぶらと見て回っていた。彼女の夫は今日も研究室にこもって新しい機械の開発に励んでいる。夕方には完成するというので暇な彼女は一人でマーケットに出ていたのだった。

「あら? 」
 そんな彼女の目に止まったのは書店の前に置かれた棚にあった一冊の雑誌だ。『スターマウント・パラノイア』という奇妙な題がついている。
「これって、確かリリスが作ってる雑誌よね」
 オカルト関係の雑誌とは聞いていたので、少し興味を持っていたリーファスはそれを購入して帰宅した。

 自宅に入るとケインがリビングルームのソファで、半ば寝転ぶような体制になっていた。
「ただいま。何してるの? 」
「お帰り。腹減ったんで、何か食べようと思ったんだけど面倒で」
「はいはい、ちょっと待ってね」
 リーファスはゴロゴロするケインの横に先の雑誌を置いた。
「何だ、これ? 」
「リリスが作ってる雑誌。マーケットで見かけたから買っちゃった。何か作るから、それ読んで待っててね」
 そう言ってリーファスはキッチンへと向かった。
「ふーん」
 あまりオカルトの本などは読まないケインだが、待っている間の空腹を誤魔化すためにパラパラと雑誌をめくった。
(スターマウント・パラノイア?妙な名前の本だな。うわあ、全体に嘘っぽい! )
 UMAの目撃情報や幽霊の出る場所を記した地図などの、怪しげな記事を見ながらケインは苦笑した。
 やがて、彼の手はあるページで止まった。

 20分程してリーファスがサンドイッチを乗せた皿を片手に、リビングルームに向かって声を掛ける。
「ケイン、サンドイッチ作ったわよ」
 返事がないので覗いてみるとケインはソファに突っ伏していた。
「ど、どうしたの? 」
 具合でも悪いのかとリーファスが少し慌てて入って来ると、ケインはすぐに上体を起こした。
「い、いや、大丈夫だ。何か思い切り脱力してしまった」
 半分笑いながら、半分呆れている様子の夫。そして訳の分からない妻。
「まあ。とにかく、これ読んだら分かるから」
 ケインは先程まで自分が読んでいたページを開いたまま、雑誌をリーファスに手渡した。

 それは「恐怖の博物館とミイラの呪い」というタイトルの記事だった。

「ロンドン某所にかつてあったR氏所有の博物館には恐ろしい噂のミイラが安置されていた。ツタンカーメン王のように注目された存在ではないが、このミイラには呪いが掛かっていたのではないかと言われているのである。
信頼出来る情報によると、分かっているだけで数名が消息不明及び死亡しているのだ。最初の犠牲者はミイラ発見者でもある考古学者D氏。彼は研究室の床に大量の血を残して失踪。警察は殺人事件の可能性が高いとしている。また同日、現場に近い市内路上で別の男性が消息不明になっており、付近にはやはり大量の血の痕があったという事だ。
そしてミイラの公開予定日だった日の未明には、寄贈された博物館で謎の火災があり、警備として雇われていた男性が一名亡くなっている。ミイラもまたこの時の出火が原因で焼失、博物館も閉館の憂き目にあったのだ。
これが呪いでなくて一体何なのであろうか?また当雑誌は、この事件の取材中に、火災前の博物館内で夜間に撮影されたという謎の写真をさるルートから入手している。
この世は謎と恐怖に満ち満ちている。エジプトの地のあちこちにまだ沢山の呪われたミイラたちが地中に眠っており、我々現代の人間に発見される日を今も待ち構えているのかも知れない。 I.G.」

 文末に書かれたI.G.は、間違いなくIlis Glays……リリスの頭文字だろう。
 掲載ページには何枚かの写真も出ていた。顔の部分は写っていない、かなり身なりの良い男性がミイラの前に立っている写真。ミイラをアップにしている写真。博物館の建物と他の展示物。最後の一枚は、ほぼ真っ暗な中でフラッシュを焚いた物だ。 ピントが合っていないので何が写っているのかよく分からないが、黒っぽく大きな物である。だがリーファスとケインには、これが何なのかがはっきりと分かった。

「ねぇ、この最後の写真だけど……」
「うん。あの時の大男だよなぁ。全く、普通こんな説明書いてこんな写真なんて載せないだろう。リリス、何考えてるんだか」
リーファスとケインは苦笑しか出ない。
「何か、これを読んだロードマック卿が怒ってるのが見えるような気がするわ」
「いやあ、さすがに貴族さんはこんな下々の雑誌なんて読まないんじゃないか? 」

「……実にくだらん」
 どう見ても怪しげな「下々の雑誌」をぽんとコーヒーテーブルの上に放り投げるように置き、その男性は不機嫌そうに一言呟いた。
「しかも私の写真をこのような場に使うとはけしからん連中だな。一体どこの雑誌社だ」
 側に控えていた男性の使用人が答える。
「はい。ウェイト&シンプソン社でございます、ご主人様」
 ふむ、と頷き男はしばし考えこむ。どうやって制裁を加えてやろうかとでも考えているのかも知れない。
「落ち着け、ロードマック。こんな弱小出版社を潰しても、単におまえの名声に傷がつくだけだ」
 同じ室内の窓際にいた浅黒い肌の男が言う。ロードマックはそちらをじろりと見た。
「おまえの態度如何で、ひいては組織全体の沽券にも関わるのだ。たかが鼠一匹に血眼になる事もあるまい」
 相手の言う事ももっともではある。だが、笑い者にされた自分としては、あまり放置しておきたくない気持ちが大きい。この記事にはぎりぎり顔は載っていないのだが、博物館の火災に関してはタイムズにも載ってしまった。ミイラが消失した事も言及されていたはずだ。その事を覚えている人間ならば、この写真がロードマックである事はすぐに分かるだろう。
(この写真を撮った女……心霊調査機関のゴーストハンターだったな。このままで済むと思うなよ)
 ロードマックは不機嫌な顔で立ち上がると、中庭に植えている薔薇の苗を愛でるために表へと出て行った。

 先程から数回目の欠伸を噛み殺しながら、原稿の端に落書きをしていたリリスに編集長の叱咤が飛んだ。
「グレイス君、一体いつになったら次号の記事は仕上がるんだね!! 」
「だって、ちゃんと目にした物でなければ臨場感のある文は書けませんわ。このネス湖の怪獣のお話、取材に行かせて下さいな」
「駄目だ。これはブルックス君がもう撮影に行った」
「じゃあ、ブルックスさんに書いて頂きましょ? 」
「彼は次の撮影に向かっている」
 リリスは少し考えてからにっこりと笑って編集長に言った。
「じゃあ、ネス湖の記事は諦めません? 」
「……君は私の胃に穴を開けるつもりかね、グレイス君。来月もちゃんと給料が欲しいなら頑張り給え」
 給料の話を出されてしまうとさすがのリリスも「書けない」とは言えない。仕方なく再び原稿の目を向けて文をまとめ始めた。

「エイベル君の方はどうだね? 」
 編集長はリリスの向かいの席で同じように原稿作成で苦労しているエイベルに声を掛ける。
「はい、頑張ってますよ。しかし、金星人がストーンヘンジに降りてきたって、思い切り嘘っぽいじゃないですか。これはガセネタだと思うんですが」
「まあ、これはさすがに私も信じてはおらんよ。だが、先日そんな噂があったのは本当だからな」
 エイベルも記事にかなり行き詰まっているのだろう。ペン先で机をトントン軽く叩いて言った。
「目撃者か写真でもあれば説得力があるんですがねぇ。いっそアイリスさんに金星人の格好して貰って写真載せますかね? 」
「あら大変。ヘアサロンへ行って来なくちゃ」
 満面の笑みで答えたリリスに再び編集長の怒号が飛んだ。
「サロンなんてどうでも良い!とにかく早く記事を仕上げろ!! 」
 ほぼ怒髪天である。二人は声を揃え「Sir, yes, sir! 」と答え、再び原稿に向かった。編集長自身も自分の担当記事を修正しながら小さく呟く。
「全く、前回のミイラ記事くらい毎回想像力を働かせてくれれば……」

(だって、あれは想像じゃなくて、現実にあった事ですから)
 リリスは心の中でこっそりと呟いた。
 もっとも現実にあった事をねじ曲げたり、誤魔化したりしているのは彼女の「想像力」ではあるのだが。

               ---FIN---

nyan
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