section 5:Ghost Hunters "XI. Justice"

「ところで今朝のタイムズは読んでないんだけど、どんな記事だったんだい? 」
 開口一番にそう言ったのは朝寝坊をしたケインである。一同がリーファスを見ると、彼女も首を振る。
「私も今日は一面を見ただけ。そのミイラの記事は読んでいないの」
「そう。リーファスは休日だったのね」
 そう呟いたのはリリスだ。ケインが徹夜で研究作業をして今日の新聞を見ていない事はよくあったが、リーファスは占い師である。客との会話も常に必要になるので、仕事のある日は必ず新聞は隅々まで読んでいる。
「相変わらず無駄に高い推理能力だね、リリス」
 さらりと皮肉を言うコメットにリリスは満面の笑顔で切り返す。
「ただの分析でしてよ、サー。あなたの目には推理と映るのかも知れないけれど」
 痛烈な一言の後、リリスはバッグから新聞記事の切り抜きをケインとリーファスに差し出した。件のミイラの記事だ。そして二人が目を通している間に、コメットとゲーリーに向かって話す。
「このミイラなのだけど、私、明後日の午後取材に行く予定になの。友人に無理言って割り込んだ仕事だから、皆に同行はお願い出来ないのだけれど」
「それなら誰か現場近くにいた方が良いんじゃない?何か胡散臭い感じだしさ。勿論調査の手が足りてれば、だけど」
コメットの言葉にリリスは少し考えながら言う。
「そうして貰えたら助かるけれど、明日の調査の結果如何ね。私一人でも何とかするつもりではいるけれど、万が一の事があったら後の調査はよろしくね」
 半ば冗談なのかも知れないが軽くそんな事を言うリリスに、新聞を読み終えたリーファスが眉を顰める。
「不吉な事を言わないでよ」
「自分でそう言ってる間は、まず大丈夫じゃない? 」
 苦笑いするコメットの言葉の後に、ゲーリーが付け加えた。
「万が一になった場合は、俺の許婚者として丁重な事後処理をさせてもらうから安心してくれ」
「No thank you.」
 口元は笑顔だが、リリスの目は笑っていない。

「へぇ。この記事面白い話題だな。教授が気にしたって言うミイラの副葬品が何だったのか気になるな」
 そちらのジャンルには知識のないはずのケインは、記事を数回読み返した後にそう言った。
「同感よ。調査じゃなくても充分に面白そうだわ。考古学はリーファスとゲーリーが詳しかったわね。……ケインはUCLの教授につなぎは取れそうかしら? 」
 リリスの言葉にケインは知人の知人まで思い出して答えた。
「そうだなぁ、工学と医療物理学関係なら」
「そちらから歴史科学部のアラン・ダラス教授を紹介して貰えるようにお願い出来ない?必要なら私の名刺を使って取材だと話を振ってくれても良いわ」
「僕の名刺も使って良いよ」
 そう言ったコメットにリリスが釘を刺す。
「探偵さんじゃ事件性があると思われそうよ。ゲーリーの名刺ならともかく」
「ダラス教授なら俺の名刺は持っているはずだぞ。このミイラの調査や寄贈には関しては、俺もスポンサー参加しているからな」
 お気に入りのケースから細巻きの葉巻を取り出しながら言うゲーリーに、コメットとリリスがややげんなりした表情で返した。
「何だよ、それ」
「ミスター・クローン、そういう事は早く仰って下さいな」
 軽く息を吐いてリリスは椅子から立ち上がった。日が落ちて体が冷えてきたので、お茶を淹れようと思ったのだろう。
「じゃあダラス教授はゲーリーにお任せって事で良いのかしら? 」
「一応俺も大学関係者を当たってみるよ。ゲーリーとは別方面の情報が出るかも知れないし」
 ケインがやや思案顔で言うと、リーファスが同意する。
「良いわね。私も興味あるから一緒に行こうかな」
 キッチンの入り口でリリスが二人を振り返って言う。
「助かるわ。"ジャッカル"の読み通りミイラや副葬品が事件に何らかの形で関連するなら、色んな切り口からダラス教授の周囲を見て貰う方が良いでしょうしね」
 ケインとリーファスのコンビには夫婦という盤石の絆があり、科学と霊媒という正反対の切り口から事に当たれる利点もある。一方のゲーリーは実業家・好事家である他に、様々な学術知識と魔術師の顔を持つ。この三人が調査に当たれば、多方向からの調査が出来るはずである。

 三人の予定を聞いたコメットはしばし考えた後に言う。
「僕はアーサーの消息を辿ってみる」
 彼は霊媒の才能と探偵職ゆえの探索能力、そして銃やナイフ格闘も得意とするオールラウンダーだ。10代に見える外見という欠点はあるが、大抵の事なら単独でこなせる万能タイプの調査員である。
「ランドン教授、無事でいて欲しいわね」
 リーファスが祈るように呟いた。
 アーサー・ランドンは"ジャッカル"の配下のゴーストハンターの中では古株の一人なので、ここにいる全員が仕事で一緒になった事がある。彼の身を案ずる気持ちは誰もが同じだった。

 やがてリリスが人数分のお茶を用意してキッチンから戻って来た。温めたカップに紅茶を注ぎ淹れて配ると、全員がそれに手を付ける。最高級の茶葉でなくとも、冷えた体には十二分に心地良い。

 半分ほど紅茶を飲んだ所でコメットが再び口を開いた。
「それで、リリスはどうするつもり? 」
 先程彼女は取材の予定について「明後日の午後」と言った。つまり少なくとも今夜から明日の夜の間は彼女も他の行動を取る時間があるという事だ。
 魔女の名を持つ金髪女性は、唇の端をやや引き上げて艶然とした表情を浮かべた。
「Nothing comes from nothing.私は副葬品を捌いているブローカーと現物が流れた経路を探してみるつもり」
 他のメンバーとは違い、リリスは特殊な能力は何一つ持っていない。彼女の武器は観察力に基づく直感と推理、そして身体能力。最大の切り札は「失う物は何一つない」という事だ。それ故、彼女の行動は自分のリスクを全く省みない事も多い。
「犯罪者に当たるなら、俺も一緒に行こうか? 」
 そちらにも幾らか顔の効くケインが心配気に申し出たが、リリスは笑顔で首を振った。
「有難うケイン。明日はまず警察関係者から手繰ってみるから大丈夫よ。必要に応じて、あなたの知り合いの力も借りるかも知れないけれど、それは情報を見た後で考えましょう。仮に何かあった時はゲーリーが共同墓地に送って下さるって言ってるしね」
「共同墓地なんて言った覚えは全くないんだがな」
 不満そうに言ったゲーリーに向けて、リリスはいつも通り愛想の良い笑顔を作って見せた。

nyan
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