電車に揺られながら、みやびはウトウトした。
何をやっているのだろう、私は。

あんなに優しくしてくれた仲間を、あんな風に…
頬を温かい涙がつたう。
なんてヒドイ人間なんだろう、私は。

夢の中で、勇太がみやびを罵る。
同じ3年生の部員たちが、蔑むように見る。
後輩のマネージャーが、冷たい目で睨んでくる。
秀典が背中を向けて去っていく。
「待って…!」
叫びながら飛び起きた。
周囲の乗客が冷ややかな目で見ている。
「あ…すいません…」
恥ずかしさに耐えかねて、みやびは次の駅で飛び降りた。

プシューッ

ドアが閉まり、電車が出ていく。
仕方ない。次の電車を待とう。

みやびは自動販売機で炭酸ジュースを買い、ベンチに腰かけた。

プシュッ

冷たい泡が喉を落ちていく。

「あれ」
聞きなれた声に振り向くと、そこには秀典の姿があった。

「病院終わったの?」
「ああ。異常なし。強くぶつけたから一時的に痛んでるだけだろうって。時間がたてば治るらしい」
「そっか。よかった」
「お前は?もう帰ってきたの?ってか、何でここにいるんだよ」
「ちょっと色々あってね」
みやびは苦笑した。とても一言では言えない。

「何かあったのか?」
「うん。振られちゃった」
あはは、と笑うみやびに、秀典はきょとんとした。

「は?」
「何か、デートしてみたらイメージと違ったみたい。幻滅されちゃった」
「何だそれ」
「ショック受けてるのか?」
「ショックっていうか、まあ、ずっと好きだ好きだ言われてたから、何となくさみしいかな。2年も言われ続けてたから、それなりに意識してたんだろうね」
他人事のようにみやびは言った。
そうだ。意識していなかったと言えば、ウソになるだろう。好きだったとは言わないけど。

「2年」
秀典がつぶやいた。

「ん?」
「2年ごとき、大したことないだろ」
「え?」

「俺なんて、15年だぞ」
「何が?」
「15年、お前の事…」
秀典が言葉を濁す。

「ええ?」
「あ、ちがう、今のはナシ」

「ひどい」
みやびが口をとがらす。

「悪かったな。お前は俺を幼馴染としてしか見てなかったんだよな。男としてお前を見てたなんて、裏切りみたいなもんだよな。悪い。一生言うつもりなんてなかったのに。うう…」
秀典が後悔したようにうめく。

「違う」
「え?」
「違うよ。違う。何でもっと早く言ってくれなかったの?」
「いや…だって、言ったら引くと思ったし。部内恋愛禁止って口酸っぱくして言ってたし。後輩に禁止禁止ってしつこいくらい言ってだろ」
「…それは…」
みやびが口ごもる。

「ん?」
「そう言っておけば、マネージャーの後輩が秀ちゃんに惚れることもないだろうと思ったから…」

「へ?」
「だから…」

「だから?」
「私もずっと秀ちゃんの事、好きだったの!!」

「マジで?」
秀典がみやびの両肩を掴む。

「いや、っていうか…その…自分でも、今日気づいたんだけど」
「は?」
「瀬良くんに言われてハッキリわかったの。私の頭の中が秀ちゃんでいっぱいだって」
「自覚してなかったってことか」
「…うん…だって…」
「やっぱり幼馴染としてしか見てなかったってことだろ」
秀典がガックリと肩を落とす。

「…」
みやびは返事に困った。

「お前、瀬良に言われて勘違いしてるだけなんじゃねえの?」
「違うよ…」
「ホントに?」
「違う…。違うよ。小さい頃から大好きだった。秀ちゃんにみみって呼ばれるの、すごく嬉しかったの」
もう、気づいてしまった。
自分がずっと抑え込んでいた気持ち。

「…」
「でも、いつからか全然話してくれなくなって。小学校の卒業遠足で一緒にクラゲ見たの、覚えてる?あの時ね、すごく楽しかったの。結局何も話さなかったけど」
「ああ、そうだな」
「中学入ってからは本当に一度も話さなくなっちゃって」
「そうだよな」
「わざと避けてたよね」
みやびは秀典の顔を覗き込んだ。

「うーん。かもな」
そっぽを向く秀典の耳が、赤く染まっている。
「何で?」
「…恥ずかしかったから…かな…」

「同じ高校になれて嬉しかった」
みやびが無邪気に笑う。
「それ、ずっと気になってたんだけどよ。お前のレベルだったら、もっと上行けただろ?」「…」
「もしかしてだけど」
「…うん。秀ちゃんと一緒が良かったから」
先生にも親にも反対された。どうしてだって言われても、どうしても行きたいとしか答えられなかった。

「じゃあ…バスケ部も?」
秀典は恐る恐る聞いた。

「うん。秀ちゃんがいたから。本当はすぐ入部したかったんだけど、サッカー部とバレー部にも誘われててなかなか断りきれなくて…」
「はあ…」
「何でため息?」
「だってよお。聞けば聞くほど、お前が俺を好きだったってのが本当みたいだから」
「それが嫌だってこと?」

「違う」
「じゃあ、何?」
「何で気づかなかったのかと自分が情けないんだよ」

「瀬良は気づいてたんだろ?」
「そうみたいだね」
「それで何で俺が気づかないかね…」
「仕方ないね。私自身わかってなかったし」
「お互いしょうがねえなあ」
「そうだね」

あはははは

顔を見合わせて笑う。
似た者同士、相性ぴったりかもね。

「瀬良に感謝しねえとなあ」
秀典が笑う。
「みみを他の奴に取られなくて良かったよ」
「秀ちゃん…」
「手遅れになる前に気づけて良かった」
しゃがんだ秀典が、素早くみやびのおでこにキスをした。

「!」
慌てておでこを手で覆うみやびに、秀典は意地悪く笑った。
「隙あり!」
「ん?」

チュッ

軽く唇が触れ合う。

「!!!」
「あはは、驚き過ぎ」
「だって!こんなとこで!」
「こんなとこじゃなきゃ、いいの?」

真っ直ぐな瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

「電車来たな」
「あ、うん」
「飯、まだだろ?」
「うん」
「じゃ、付き合って」
「うん。喜んで」
「で、これから俺と付き合って」
「うん、だから喜んで」
「わかってるか?恋人としてって意味だぞ?」
「わかってるわよ」

ゴーッとホームに滑り込んでくる電車。
強い風に煽られるワンピースの裾を、ギュッと抑える。

ドアが開く瞬間、みやびが秀典の頬にちゅっと唇を寄せた。

「!」
驚く秀典の袖を引っ張り、電車に乗り込む。


「みみ」
秀典が優しい声で呼ぶ。
微笑み合いながら手を繋ぐと、互いの体温が心地いい。

「みみ」
大好きだよ。耳元に囁かれ、みやびは力を込めて手を握った。


もう、この手を絶対に離さない。
2人はそれぞれの胸に誓った。

暑くて長い夏がやってくる。

立花ゆずほ
この作品の作者

立花ゆずほ

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