寝たのか寝てないのかわからないまま、ぼんやりした頭で待ち合わせの駅へ向かう。
一応デートと言われた以上、意識しないわけにもいかない。
ほとんど出番のなかったワンピースを着てみた。

「張り切り過ぎかしら…」
ウインドウに映る自分に、みやびは苦笑した。
勇太と恋人になるつもりはない。
一度きりのデート。
今日も、お昼を食べたら帰るつもりだ。


「秀ちゃん」
「ああ」
10分前に到着し、改札前で待っていると秀典が通った。

「何だ、今日はずいぶん女みたいな格好だな」
「一応女なんですけど」
「デートか」
「…」
「黙るってことはマジか?もしかして瀬良か?」
「断りきれなくて…」
「ふーん」
別にどうでもいい、と興味なさそうな秀典にみやびの心がざわつく。

「俺は病院。日曜でもやってるとこって、なかなかなくて。予約とれたから、今から行ってくる」
「そっか。ちゃんと診てもらってね。心配だから」

「別にもうお前マネージャーじゃねえんだから、俺なんかの心配しなくていいよ。お前こそしっかりデート楽しんで来い」
「…」

秀典の背中にかける言葉が見つからない。
もう、部員とマネージャーという役割がなくなってしまったのだ。
ずっと昔に仲が良かった幼馴染、というポジションしか残っていない。

ケガの心配さえさせてもらえない…
みやびはぎゅっと掴まれたように痛む胸を押さえた。
痛い。
苦しい。
切ない。

秀ちゃん…


「おはよ」
声を掛けられて顔を上げると、ニコニコと笑う勇太が立っていた。
「おはよう」
みやびは、引きつる笑顔で挨拶する。うまく笑えない。

「わあ。ワンピースかわいい!制服かジャージしか見てなかったから、新鮮だよ!俺の為に選んでくれたなんて、感激だなあ」
「ありがと」
「でもなんだろ、ジャージの方がみやびちゃんらしい気がするよね」
「…」
「いや、でもホントかわいいよ。美人だしスタイルもいいから、何でも似合うよね」

大して会話することもないまま、目的地までたどり着いた。
移動中は特に話さなくても苦痛ではなかった。しかし、水族館に入ると一気に沈黙が重苦しくなった。

日曜日。オープン直後。
水族館はかなり混雑していて、魚を見ているのか人を見ているのかわからないくらいだった。なかなか進まない列。弾まない会話。
楽しくないのは、私だけかしら。
みやびはチラリと勇太の顔を盗み見た。

「水族館なんて久しぶりだなあ」
勇太がしみじみとつぶやく。

「私も。小学校の卒業遠足で行ったきりかなあ」
「へー。そうなんだ」

会話が途切れる。
必死に話題を探すみやび。

「私、クラゲの水槽がすごく好きで。じーっと見てたら皆に置いてかれちゃってさ。秀ちゃんが慌てて探しに来てくれたの」
「ふーん」
「でね、一緒にクラゲ見ててくれたんだ」
特に何も話さず、ただ2人でクラゲを見ていた。
ゆらゆらと上がったり下がったりするクラゲたちが幻想的で、いくら見ていても飽きなかった。
他のクラスメイトは、クラゲなんてつまらないと、すぐに違う水槽に行ってしまった。
静かな空間が心地よくて、しびれを切らした先生が呼びに来るまで見ていた。


「あ、イルカショーやってるよ」
「ホントだ」
勇太に促され、隣り合う席に腰掛ける。

「すごーい」
「わー」

それ以外の会話はない。
どうしよう。何か話さなきゃ。何か面白い話…
みやびは頭の中でグルグルと話題を探した。

「あ、あのね。その遠足の帰りのバスで秀ちゃんがね」
「は?」
「あ、だから、秀ちゃんが…」
「いや、芝田の話なんて聞きたくないし」
「ごめ…」

どうしよう。怒らせてしまったのかな。
みやびは気まずい雰囲気に頭を抱えた。
いつも元気で楽しそうな瀬良くんが、無表情になってしまった。

「あ、あの、新キャプテンって瀬良くんと秀ちゃんが決めたんだよね?」
「…あいつが勝手に決めた。ま、俺も異論なかったからそのまま」
「そうなんだ…でも、きっと秀ちゃんが選んだんだから大丈夫だよね」
「…」
「あ、じゃなくて。その。違う。えっと…」

しゃべればしゃべるほど、勇太の機嫌は悪くなっていく。

「えっと…」
「帰ろうか」
イルカショーが終わると、勇太はそう冷たく言った。

「え?」
「わかってたけどさあ。みやびちゃんって、頭の中が芝田でいっぱいなんだね。やっぱ、あいつには、かなわないんだな」
悲しそうに笑う勇太。

「いや、そんなこと…」
「ない?さっきから芝田の話しかしてないじゃん。っていうか、よくわかったよ。俺が好きだったのは、マネージャーのみやびちゃんだ。皆に平等で、いつも笑顔で一生懸命でかわいかった君」
「…」
勇太が席を立ち、ぐーんと伸びをした。

「芝田の事を目で追うくせに、部内恋愛禁止って自分に言い聞かせてるし。全然くっつく気配もないし。だったら俺にもチャンスあるかなあって。ずっと言い寄ってたらいつか俺のものにできるかもって思ってたんだけどさ」
「瀬良くん…」
「あのさ。俺、みやびちゃんの事好きだけどさ」
「うん」
「でも、ハッキリ断ってくれなかったのはヒドイと思うよ。ちゃんと芝田の事好きだって言ってくれれば、俺はもっと早くスッキリ諦められたのに」
「…ごめんなさい…」
「ま、俺が強引過ぎたのも悪いんだろうけどね」

みやびはうつむいた。

「追い詰めちゃったね。ごめん。もう忘れて。これからは部活の元仲間として仲良くしてくれたら嬉しいけど、無理かな」
「ううん。無理じゃない」
みやびは縋り付くように返事した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。大切な仲間だから。ずっと仲良くしてほしい」

「了解」
勇太がいつもの無邪気な笑顔を見せる。
ごめんなさい。みやびは心の中で何度も謝った。
自分の弱さやずるさが、彼を傷つけてしまったのだ。
あんなに自分を大切にしてくれていたのに…

送っていくと言われたが、みやびは勇太の申し出を断って1人で電車に乗った。
勇太はブラブラ買い物してから帰ると言って、人ごみに消えていった。

立花ゆずほ
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立花ゆずほ

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