昼と弁当と少女
少女は、包丁を取り出す。
「お嬢様、まだ、包丁は使いません。置いて下さい」
「そ、そうなの」
「いいですか? はっきりいいまして、お嬢様の腕では、包丁はもたせられません」
メイドは、前回の失態ーー少女の悪魔レベルの不器用さを見誤ったというーーを思い出す。
「とりあえず、今日はノリ弁にしましょう。火を使うのは、卵焼きくらいですみますから」
そういうと、メイドは電子ジャーを開ける。電気街を回った所でもっとも高級な代物。今回の為に少女が買ったものだ。
「で、でも、それだけじゃ足りないかも」
「お嬢様が自分で食べるんですよね?」
メガネの下の鋭い眼光。
「そ、そうよ! 女たるもの料理くらい出来た方がいいかなって」
下を向くとモゴモゴと言葉を継ぐが、言語としての意味をなしてない。
「まぁ、いいでしょう。卵を割って下さい」
そういうと、卵を少女に差し出す。
「いいですか? このようにボールに割り入れ優しくかき混ぜて下さい。ゆっくりですよ」
少女は、メイドの手元を見ながら真似る。その手はなんともたどたどしい。優しくというのに、ガチャガチャと大きな音を立てている。
メイドは、その様子を見ながら嘆息一つつく。
「そして、フライパンを熱します」
その後もレッスンは続く。メシマズと呼ばれる女性は、なぜか無視をする。常識を、レシピを。それにしないために、とにかく確実に従わせる。それが、メイドの出した少女のレッスン方法だった。
それは、メイドは確信していたからだ。このお嬢様はメシマズだと。
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「で、できた?」
「できましたわ。これで、のり弁は完成です」
少女が時計を見る。通学時間ギリギリ。少女はこっそりともう一つ作る目論見だったが間に合いそうにない。少女が肩を落とす。
「あらあら。私も一緒に作ったので、一つ余ってしまいますわね」
メイドのわざとらしい嘆息。
「あ、えぇっと……」
「そういえば、お嬢様。足りないかもとかおっしゃってましたわね」
「へ?」
突然の質問に、素っ頓狂な声をだす少女。
「そ、そうなの! 最近すぐお腹がすいちゃって!」
「なら持っていって下さいな。腐らすよりは、お嬢様の肥やしになった方がよいでしょうから」
「おーい、お嬢。時間だぞ」
少女を呼ぶ少年の声。玄関口にて準備しているようだ。
「さぁ、時間ですよ。急いで」
メイドは、少女の背中を叩く。