section 1 :Ghost Hunters---DAEG

Twas brillig, and the slithy toves
Did gyre and gimble in the wabe;
All mimsy were the borogoves,
And the mome raths outgrabe.

Beware the Jabberwock, my son!
The jaws that bite, the claws that catch!
Beware the Jubjub bird, and shun
The frumious Bandersnatch!

He took his vorpal sword in hand:
Long time the manxome foe he sought
So rested he by the Tumtum tree,
And stood awhile in thought.

And as in uffish thought he stood,
The Jabberwock, with eyes of flame,
Came whiffling through the tulgey wood,
And burbled as it came!


夕火の刻、粘滑かなるトーヴ
遥場にありて回儀い錐穿つ。
総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、
かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん。

『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!
喰らいつく顎、引き掴む鈎爪!
ジャブジャブ鳥にも心配るべし、そして努
燻り狂えるバンダースナッチの傍に寄るべからず!』

ヴォーパルの剣ぞ手に取りて
尾揃しき物探すこと永きに渉れり
憩う傍らにあるはタムタムの樹、
物想いに耽りて足を休めぬ。

かくて暴なる想いに立ち止まりしその折、
両の眼を炯々と燃やしたるジャバウォック、
そよそよとタルジイの森移ろい抜けて、
怒どめきずりつつもそこに迫り来たらん!

Lewis Carroll
Through the Looking-Glass, and What Alice Found There
"Jabberwocky" 高橋康也・沢崎順之介訳


8th December,192x
Leadenhall Market, London

付近に車を止めてお抱え運転手を待機させたまま、一人の紳士がレンドンホール・マーケットを歩いていた。12月に入ったせいか人の流れには活気があり、クリスマス用の華やかなディスプレイの店も増えていた。
(もうそんな時期か)
彼、ゲーリー・クローンは心の中で呟く。
陰鬱で長い冬が近づくにつれて、子供時代の彼が一番楽しみにしていた冬季休暇。中でもクリスマスは普段忙しくあまり会話もしなかった彼の父親も、幼い息子のために幾つかの贈物をツリーの下に飾ってくれた。嬉しくて毎日アドベントカレンダーをめくり、プレゼントを開ける瞬間を心待ちに過ごしたものだった。
長じて彼と父は対等に話すようになり、そんな日々は過去になった。妻の生前は当然彼女のための贈物を用意していたが、夫婦に子供はいなかったのでツリーの下にプレゼントを飾る事はなかった。

通りの脇に並ぶ店に飾られた砂糖細工の人形やスノーマンを模したマスコット、ジンジャーブレッドなどをウィンドウ越しに眺めながら、彼は呟いた。
「サプライズでこういうの渡したら、どんな顔をするだろうな」
と、最近時折口説いている金髪の女性を思い起こす。花やアクセサリーに比べれば、幾分受け取って貰える可能性はありそうだ。だが辛辣でつれない彼女のこと。いつもの愛想良い作り笑いで受け取り、そのまま他の女性に渡してしまう可能性もある。

ゲーリーはとりとめのない雑念を追い払うと、目的の店の扉を開けた。煙草と小物類が並んだ店の奥から、顔馴染みの店主がこちらに気づき声をかけてきた。
「こんにちは、クローンさん。今日も寒いですね」
「ああ、毎日寒くて嫌になるな。この前頼んでおいた物はもう入ってるかね?」
ゲーリーの言葉に店主は奥の棚にあった箱から金色の小物を取り出す。フクロウの浮き彫りが刻まれた置き型のシガーカッターだ。数年来使っているフランスのブランド品だがロンドンで扱っている店が少ないため、こうして毎回取り寄せしている物だった。
「これで間違いございませんよね?」
「ああ、助かった。やはりこういう物は気に入った品でないとな」
ゲーリーは満足気な表情で品物を受け取った。
「毎度有難うございます。そうだ、クローンさんにもう一つ預かり物があるんですよ」
「預かり物?」
店主はもう一度店の棚を覗く。
「ええ、あなたにお渡しするようにと頼まれておりまして」
店主が手にしているのは彼にとっては見慣れた、大きめの茶色い封筒だった。ゲーリーは思わず唸るような声を出す。
「一体、誰が?」
「家内が店番の時に預かったんですがね。なんでも相手は白人で、身なりがとても良い丁寧な言葉使いの男性だったそうです。彼女がお名前を聞いたら『渡せば彼には分かるから』とだけ言ったそうです」
確かに「これが何か」はすぐに分かる。まあ時折不思議な経緯で届くこの茶封筒に関しては、あまり深く考えない方が良いのだろう。届けたのが誰なのか知った所で、ゲーリーの対応がどう変わる物でもない。
「そうか、有難う。細君にも宜しく伝えてくれ」
もう一度店主に礼を述べて、ゲーリーは店を出た。

待機させた車に戻る途中で、先程店先で見かけた子供向けにラッピングされたジンジャーブレッドマンを幾つか買い求めた。先の封筒が届いたという事は、件の女性とも数時間後には会えるはずだ。周囲にいる全員に配る気軽な贈り物なら、彼女も警戒せずに受け取ってくれる可能性が高い。万が一拒否されても、菓子なら誰か他の人間が食べるだろう。

York St, Marylebone, London

世界一有名な探偵シャーロック・ホームズが住んでいたと言われているベイカー・ストリート。そこに交差しているロンドン、ヨーク・ストリートという通りの一角。
私立探偵事務所を兼ねた自宅の一室で、コメット・スターは最近依頼のあった仕事の記録をまとめていた。今日は朝からずっと溜め込んでいたデスクワークを行っているのだが、ようやくこれが最後の作業だ。助手かワトスン役の語り部でもいれば手を借りる事も可能だろうが、まだ年若い(しかも10代にも見える)無名の探偵にそんな余裕があるわけもない。
大事件でも解決して一気に有名になればと思いつつ、実際に彼が解決した大事件らしき物は全て裏の仕事。自分が関わっていた主張さえ出来ない物ばかりである。よって今は「無名の探偵」の身の上に甘んじるしない。

「モリアーティ教授みたいな宿敵でもいればなぁ」
思わずこぼれ落ちた彼の独り言。もしここに聞く人間がいれば、『宿敵がいたら一体どうだと言うのだ?』と言われそうである。

一通りの記述が終わり、コメットはノートを閉じた。
明日からは特に仕事の予定もないので、ちょっとした休日だ。今年のクリスマスは実家で母親と過ごす事にしようか……などと考えている時だった。

中を確認したまま机の上に放置していた郵便物。その一番下に見慣れた茶色い封筒が未開封のまま置かれている事に気がついた。(こんな物、あったっけ?)と首を捻る。
いや、ある訳がない。幾ら受け取る時に他の事に気を取られていたとしても、こんな大きな封筒が混ざっていればすぐに気がついたはずだ。第一これらの郵便はさっき全ての封を開けて中を確認したのだ。一番大きな封筒を未開封のままで放置している訳がない。今日の郵便物は午前中に配達があった後、大家夫人が住人ごとに仕分けて持ってきてくれた。でも彼女に尋ねてみても、どの住人に何が届いていたかまでは覚えていないだろう。

「この封筒について君はどう考えるかね、ワトスン君?」
シャーロック・ホームズがパイプを手にする仕草を真似ながらコメットは独り言を呟いた。
「そうだな。これは郵便配達人が渡すのを忘れて、後から持って来てここに置いたんだと思うよ」
今度はワトスンになったらしい。
「それには二、三の無理があるよ、ワトスン。まず一つ目に郵便物が届いた後、僕は家から一歩も出ていないんだ。もし仮に配達人が僕がノートに熱中している間に来たのだとして。そんな短時間で複数の封筒の一番下に置いて、見つからず出て行くのはまず不可能だ」
そこまで一人芝居を演じた後、コメットはため息混じりに呟いた。
「"ジャッカル"には、こっちのプライベートなんてお構いなしなんだろうね」
少々非難めいた言い回しだが、特にオフデーに何かしたい事があった訳ではない。指令が届いた事に対しても文句がある訳ではない。

コメットは中に入った盤を取り出して、部屋に置かれた映写装置のスイッチを入れた。少しノイズが入った資料映像と調査指令の概要を説明する男の声はいつも通りの構成だ。

最初は横に置いた机に片肘をついた幾分行儀の悪い姿勢で映像を見ていたコメットだったが、内容が進むにつれて映写装置に向けて前のめりになっていた。
「何これ、面白そうじゃない」
思わず呟きが漏れた。今回の調査内容は殺人事件だ。しかも犯人も手段も全く特定出来てない連続殺人。何かしら陰謀めいたものを感じ、自称「未来の名探偵」は不謹慎にも興味津々になっているようである。
再生を終えた盤をいつものように床に叩きつけて割る。残骸をまとめてゴミ箱に片付けた後、コメットは指定された拠点に向かうための準備を始めた。

Compayne Gardens, West Hampstead, London

ウエスト・ハムステッドの閑静な住宅街。
「ふふふんふん、ふふふふ、とぅるるるるるーとぅるるー」
先程から延々とクリスマス・キャロルを鼻歌で歌い続けている妻に向けて、ケイン・フレミングはまるで駄々っ子のような口調で言った。
「なあ、この飾りも一緒に吊り下げて良いだろ?今年のは絶対に大丈夫だから」
居間の窓辺に置いた脚立の上に乗り、自分よりも大きなクリスマスツリーを飾っているリーファス・フレミングはそんな夫に向けて答える。
「だから嫌ですって何回言えば分かるのよ。大丈夫だって言葉は、あなた去年も使ったわよね?それで結果はどうだったの?」
ケインは実にきまり悪そうな顔になったが、それでも言い訳がましくぶつぶつ小声で言う。
「そりゃあ去年はちょっと火が出ちゃったけれど。今年はちゃんと色々改良もしたんだし……」
「大体、プラズマ理論で七色に自動で光る飾りって一体何なのよ?そんな変……じゃなくて、革新的過ぎる物を飾ったらお友達にも遊びに来て貰えないじゃないの」
手にした"革新的過ぎて困るツリー飾り"をしばし見詰めた後、ケインは代案を出した。
「寝室に飾るってのは?」
「やめて頂戴」
今日のリーファスは夫には絶対に譲らないつもりらしい。
確かに去年彼が作ったクリスマスの飾りはスイッチを入れるなりいきなりショートして、あわや火災という所だった。さすがのケインもその話を引き合いに出されると、言い訳も弱くなる。

ケインとしては手作りの美しい飾りで妻を喜ばせたい。リーファスとしては折角夫と二人で過ごすクリスマスを楽しい思い出だけにしたい。お互いに愛があってこその思いだが、如何せん。平行線にさえならず、ひたすら斜め上を滑って意見がすれ違うのは仕方のない事だ。

「あれぇ?」
しばらく大人しく黙っていたケインが、いきなり素っ頓狂な声を出す。
「今度は何なの?」
彼はツリー飾りやリースなどを保管している箱の一番上に、これ見よがしに乗っていた大きな茶色い封筒を取り出した。
「いつのまに……」
狼のような獣のシルエットに"J"の文字赤い蝋封が施された茶封筒。"ジャッカル"からの指令の封筒である。リーファスは目を丸くしてそれを見詰めた後、軽いため息をついて言った。
「きっとクリスマスも近いから、妖精さんがプレゼントを運んでくれたのね」
「いやな妖精だな」
ケインは苦笑した後、封筒を開けながらまだ脚立の上にいる妻に尋ねた。
「どうする?先に飾り付け終わらせてしまう?」
「ううん。こっちは急がないんだし、『仕事』が終わってからでも良いわよ。指令を先に見ましょう」
ケインは床へと降りるリーファスに手を貸し、二人揃って映像を見るために映写機の置いてある寝室へと向かった。

Maple St, London

その頃、リリスことアイリス・エリス・グレイスは眠っていた。
次号掲載予定の記事を印刷所の締め切り時間ギリギリまで粘っての徹夜作業後。精魂尽き果てた彼女の部屋に、無情なノックの音が響き渡る。
「アイリスさん、郵便ですよ」
声の主はアパートの家主ミルトン夫人だ。リリスは片目だけ開けて時計を確認する。帰宅してからまだ三時間だ。目をこすりながら寝室から出ると、「少しお待ちを」と出来る限りの愛想の良い声で部屋の入口に向けて返事をした。着替えるのも億劫で服のまま眠っていた彼女は、小さく欠伸をしながらスカートの皺を伸ばし髪を撫で付けた後、扉を開いた。

「いつも有難うございます」
先程まで寝ぼけ眼だったにも関わらず、いつもの通り"花のような笑顔"である。リリスの自宅宛に個人的な郵便物が来る事は滅多に無い。例外は"ジャッカル"からの指令くらいのものだ。予想通り、大きな茶封筒をミルトン夫人は差し出した。
「ねぇアイリスさん、あなた朝帰りだったみたいだしお昼もまだよね?良かったらお茶でもご一緒に如何かしら?」
夫人のこの申し出は、昨夜から飲まず食わずのリリスにとっては有り難い事この上ない。だが、指令の内容も気になる。少し考えてリリスは答えた。
「それじゃあ郵便物を確認した後に、ちょっとお邪魔させて頂こうかしら」
ミルトン夫人はその返答に満足そうに頷くと、階下へと戻って行った。

手早く着替えを済ませて顔を洗った後、指令映像の上に封筒の中身を乗せる。どちらかと言えば飾り気のない殺風景な彼女の部屋で、ひたすらにその存在感をアピールしている再生機がじーっという音を立てて動き出した。

「ご機嫌よう、調査員諸君。最近イーストエンド付近で多発している連続通り魔事件の話は諸君らも既に聞いている事と思う。9月末日を最初に被害者は既に5人、世間では『切り裂きジャック』の再来との噂もある一連の殺人事件だ。この件の裏には邪悪な思念がある事を私のダウジングは示している。先に調査に送った調査員ホーリー・フリッペンは残念ながら任務中に殺害され、被害者の一人となってしまった。よってこの件は君たちに託したい。今回はイーストエンド、デュークス・プレイスにある『ボウ・ベルズ亭』の二階を拠点とする。追って今回の連絡兼世話役としてジェーン・コッカーが現地に向かう予定だ。では、諸君らの検討を祈る」

心霊調査機関での上司"ジャッカル"の指令を聞くうちに、リリスの眠気は完全に吹き飛んでいた。映像が完全に消えるまで画面上の資料写真を食い入るように見ながら小さく呟く。
「違う、切り裂きジャックじゃない」
指令で語られた事件に関してはリリスも知っていたが、切り裂きジャック再来の噂は知らなかった。だが今映しだされた不鮮明な資料写真を見るだけでも、ホワイトチャペル事件とは全く違うと分かる。医術は素人のリリスでも見分けられるくらいだ。専門家の意見を聞けば、はっきりした差と共にこの事件に共通した特徴も分かるだろう。

「ホーリー・フリッペン、か」
直接の面識はなかったが、表の顔はアメリカ出身の医師だったはずだ。他の仲間から「知識人なのに大胆豪快で、まさにアメリカ人の調査員だ」という評価は聞いた事がある。
彼が単独で任務についていたのであれば、それは正規調査ではなく「事前調査」だったはずだ。本来なら危険な任務であるはずがない。余程行き過ぎた調査を行ったのか、それとも危険の方から彼に近づいてきたのかは不明だ。しかし最近別件でも仲間から被害者が出たばかり。どうもそれが引っかかる。

取り留めもなくそこまで考えて、リリスは盤を封筒へと戻した。今考えても分からない事なら、行動して情報を得るしかない。
早くミルトン夫人の元へ行かなければ、拠点に行くのも遅くなる。彼女は荷物をバッグにまとめると、コートと帽子を手にして階下へと向かった。

nyan
この作品の作者

nyan

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov140852999827108","category":["cat0007","cat0013"],"title":"\u30b4\u30fc\u30b9\u30c8\u30cf\u30f3\u30bf\u30fc(2) Leaden Night Sky","copy":"1920\u5e74\u4ee3\u9727\u306e\u90fd\u30ed\u30f3\u30c9\u30f3\u3002\u4eba\u77e5\u308c\u305a\u602a\u7570\u306b\u7acb\u3061\u5411\u304b\u3046\u5fc3\u970a\u8abf\u67fb\u6a5f\u95a2\u306e\u30b4\u30fc\u30b9\u30c8\u30cf\u30f3\u30bf\u30fc\u3002\u5f7c\u3089\u306e\u6b21\u306e\u4efb\u52d9\u306f\u30a4\u30fc\u30b9\u30c8\u30a8\u30f3\u30c9\u4ed8\u8fd1\u3067\u306e\u9023\u7d9a\u6bba\u4eba\u4e8b\u4ef6\u3060\u3063\u305f\u3002","color":"darkgray"}