実験室の研究者達が接触を確認した3分前に時は遡る。

「水原先輩…」

 その声を聞いて、ひなたは我に返った。そっと、爽との距離を置く。爽もまた声の主へと目を向けた。制服リボンが紺色な所から下級生、と心の中でひなたは確認する。感情をこめた目で爽を彼女は見ていた。

「私を向いてくれなかったのに、その人は見るんですか?」

「……」

 爽は無言で彼女を見据える。ひなたに指で退け、と合図する。理解して、少し下がった。

「動かないで!」

 ビリビリと空気を震わし、帯電させる。静電気のような痛みがひなたの指先に走った。

「泥棒猫! 水原先輩を私から奪った────」

「俺は君のモノじゃない」

 爽は容赦なくピシャリと言ってのけた。彼女の顔色が青くなる。

「水原君、もう少し言い方を考えてあげても……」

「ひなたは俺に嘘をつけって言うの?」

 爽は肩をすくめる。

「嘘をつく事の方が残酷だって知ってる?」

「………」

「みんな水原君みたく強くない、って事だと思うよ?」

「強い?」

「手を伸ばす勇気が誰にもある訳じゃないと思う」

「手を伸ばす勇気なんか、あの時何もできなかった事に比べたら、たいした事ないよ」

 爽は言い切る。

「喪失の方が何より恐い」

 真っ直ぐ、彼女を見つめて。

「だから、周囲の誰かを傷つけても、宗方ひなた。君を守れる能力者(相棒)でありたいんだよ」

 小さく笑んで。対照的に彼女は絶望的な目を爽に向けて。

「先輩は、私の! 私だけの先輩だから!」

 彼女の掌から放り投げられた閃光が、ギラギラ輝き、そして体育館の壁に着弾した。衝撃とともに火の手があがる。その横のコンセントが黒く焦げ、ショートしている。間髪入れず、照明が、窓が割れた。

「過剰帯電保有か。さらにブースターまで埋め込んでると見て間違いない、かな」

 軽くステップを踏みながら、手元のスマートフォンに目を落とす。

「み、水原君?」

 ひなたは訳がわからない。自分だけだと思っていた、能力。忌むべきモノと見たくもなかった炎を。

「そういう訳で。ひなた、とりあえず動く。スピードはそれ程でもない。むしろ制御できていない感がある。だから動くんだ。的になってやる筋合いもないでしょ? それから君のブレーキを解除するよ?」

「え?」

「気付いてなかった? 嬉しいかも」

 爽はニッと笑んだ。

「経験不足で元素接合が定着していないんだ。だから操作が難しかったんでしょ? 俺のいる半径30メートルにブレーキを発動させていたから。これ、なかなか疲れるんだけど、その効果はあったね。それに、それがあるからある程度大丈夫、かな?」

 と指差すのはペンダント。

「ブレーキとブースターの両方の機能と、俺との触媒にもなってる」

 と、自分もかけている同じペンダントを見せる。

 ひなたは口をパクパクさせた。
 それって、それって…

(ペアルック…?)

 顔が真っ赤になる。今まで友達すらいないひなたが、異性とこうしているだけで奇跡に近い。ひなたの脳こそショートしそうだった。何より、爽は突然距離を近くしたり、無防備に触れてくる。それはイヤではなく、むしろ安心をくれるのだが、それでもあまりに距離が近い。

「能力が不安になるのは仕方ないよ。でもどうやら俺は、君たち・・・遺伝子特化型サンプルの不安定部分をサポートする【デバッガー】らしいから、最大限に能力を使わせてもらう。それでひなたが守れるなら」

 ひなたは深呼吸をした。

 忌むべき自分の能力について今まで、色々考えてきた。その全ては自分に対しての否定。こんな能力なら無ければ良かったのに。

 でも爽は、自身の能力をひなたの為に使うという。多分このペンダントにしても、ひなたが使えるようになるまでかなりの努力、もしくは他者を巻き込んだのかもしれない。

 それでも爽はひなたを守りたいと言う。迷いなく、はっきりと。それならひなたは? 望まないこの能力にどう折り合いをつける?

 しばし考えて、答えはもう出していた事に気が付いた。

「爽君」

 ひなたの意志で、彼の名前を呼ぶ。水原爽は嬉しそうに笑みで返す。

「本当にバケモノの片棒担ぐつもりあるの?」

 とくん。心臓が打つ。助けて、私を助けて。爽君、私に力を貸して────。

オカザキレオ
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オカザキレオ

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