第九歩
しばらく経った日の放課後、三人で俺んちのリビングでダベっていると突然チャイムが鳴った。
宅急便かと思いつつドアを開けると、玄関先に隣のクラスの瀬戸のえるが立っていた。
「ここが部室ですの? ただの民家の様にしか見えないけど」
部活動じゃないから正確には部室じゃないんだけど、なんて思っている間に「おじゃましますわ」とか言ってズカズカとリビングに上がり込まれてしまった。
ちょっと呆然としている俺を含めた三人を尻目に、のえるは突然高らかに語り始めた。
「皆さん、当然私のことは知っているわよね。そうよ、私が瀬戸のえるよ。キュートなルックス、大きな瞳、奔放に育った体、高貴な品格、まさにミスパーーーーフェクト。生まれながらの芸術品ね。男子からは憧れを集め尽くし、同性には畏怖さえ抱かせるこの私がチームに入って差しあげ」
「遠慮させていただく」
のえるが話終わるか終わらないかのタイミングで、明日菜がきっぱりと言い放つ。
表情はこれ以上ない程冷たく固く、凍てついた目が瀬戸のえるを射抜く。
付き合いが長いから分かる、明日菜が大嫌いなタイプだ。
と言うより、全女性から嫌われるタイプだ。
「ちょっと聞こえなかったわ。愚民の声を聞くのに慣れていないもので、ごめんあそばせ」
「聞こえなかったのならもう一度言う、遠慮する。あなたはこのチームに入れない」
怖い、はっきり言ってこの触れば刺さるような空気が怖い。
自分の家なのに、ダッシュでおうちに帰りたくなってくる。
「あのねえ、私だって好きでフットサルをやるわけじゃないわ、ちょっとした事情があるのよ」
俺と同じく緊張感に耐え切れなくなってきた侑が若干震えた声で聞く。
「じ、事情って何かな?」
「言いたくないわ」
ピシャリ、と音がするくらいのはねつけ方だ。
その時明日菜の勘が何かを察知したらしく、相手の弱点のにおいを嗅ぎつけた肉食獣の顔になる。
「言って。事情によっては加入も考えなくはない」
先程の余裕の表情から一転、押し黙るのえる。
しばらくの沈黙(俺と侑には永遠に感じられた)の後、のえるが呻くように小声で呟く。
「……ったから」
攻撃的に聞き返すハンター系肉食長身女子高生。
「え?全然聞こえない。何て?」
「太ったからよ! 運動して痩せたいの!」
のえるの叫びを聞いた瞬間、明日菜の全身に勝利の満足感が広がり、対照的にのえるは失速。
勝負、あった。
「いいわ、入れてあげる」
明日菜の勝利宣言の後、未だ緊張を引き摺る侑が振り絞るように言う。
「で、でも太ってなくない? 痩せてる方だと思うけど」
確かに150CМないであろう身長に、40キロあるかないかの(大きな胸を除けば)スリムな体つきだ、太っているようにはとても見えない。
「さっき言わなかった?私は常にパーフェクトじゃなきゃならないの。豊かなバスト、くびれたウエスト、ふんわりしたヒップ、風に揺れる金色の巻髪、全て揃ってなきゃいけないのよ。だから体重が500g増えただけでダイエットを考えるの。誰かさんみたいな貧乳には分からないでしょうけど」
すかさず明日菜が切り返す。
「何か言った、ホルスタイン? さっきからモーモーうるさく鳴いてるけど、搾乳してほしいの? それとも食肉加工コースの方がいい?」
「ホ、ホルスタインですって? この私をホルスタイン呼ばわりだなんて、失礼にも程があるわ。ところでホルスタインて何ですの?」
知らずに怒ってたのか、案外抜けてるなこのお嬢様(あくまで推測)は。