until his birthday episode1-出来上がる日常・1
一は、緋瑪とともに田と田の間に住宅が並ぶ通学路を歩く。空は快晴。眩しい太陽が一を照らす。信号も、今日は一たちの足を止めないでいてくれる。
今日は転校生が来る。そして、緋瑪の予言通りであれば、彼女は一の太陽となる。そんなことを思っていると、一は自然と口角を上げていたことに気付いた。
「一、なんだか楽しそうだね」
緋瑪が話しかけてくる。その顔はどこか嬉しそうだ。もっとも、彼女の場合は一が機嫌を良くしているからだろうが。
「まあな。わざわざ俺のかけがえのない存在になるとお前が言うのだから、よっぽどのヤツが来ると思ってるよ」
一が声を弾ませて言うと、
「あ、うん。そうだね……」
と、少し元気なさそうに答えた。一はその理由を問わないことにした。聞いてはいけないような、そんな気がしたからだ。気まずい空気になった。一はなんと言っていいか分からなかった。一が転校生とは別の話題を振ろうと思って、口を開きかけたその時、
「やあ、桐山くん、篠山さん」
背後から男の声がした。その方に振り返ると、一の通う高校と同じ制服を着た、知らない背が高くガッチリした男と、平均的な身長の女がいた。男の方はたいそうにこやかだ。
「あ、あの人たち……」
緋瑪が思い出したように呟いた。
「知っているのか」
「いや、知ってるもなにも、男の人の方がウチの高校の生徒会長で、女の人の方が副会長なんだけど。ついでに言えば二人とも一個上の先輩」
「そうなのか。それは知らなかった」
「おいお前! さっき聞き捨てならないことを言ったな?」
先程の笑顔はどこへやら、会長らしいは怒りの形相で一に詰め寄ってきた。そして、自分の通っている学校の会長も知らないとは何事か、母校に誇りはないのかなどと五、六分ほど説教された。それが終わると、会長はころっと表情をさっき挨拶した時のものに戻して、
「そうそう、俺が言いたいのはそんなことじゃないんだ」
会長は、柔らかく開いた手を差し出した。握手を求めているのだろうが、態度の変わり様に一は戸惑った。というか何故いきなりこんなことになっているのだろうか。一は見当がさっぱりつかなかった。すると、女の方が申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。|武雄《たけお》がいきなり変な態度になっちゃって。友達になりたいんだよ、こいつは」
「友達? なんで俺に?」
「それはねーー」
女が説明しようとすると、武雄が手で彼女の口を遮った。
「待て美那子。それは俺が説明する」
武雄は一と向き合った。一の方が彼より一回り小さいため、一は武雄の顔を見上げる。その顔はやはりニコニコしていて、何を考えているかよくわからなかった。
「君が気になったからだよ。いつも教室で寝るかそこの篠山さんと話すかのどっちかの行動以外ほとんどしない、成績学年トップさんがね」
「はあ」
「それで、君と友達になりたいと思った。上下関係は無視していいから、了承してくれるか?」
武雄がまた手を差し伸べる。一は、その手をジッと見つめた。友達。慣れない言葉だ。確かに友達が欲しいとは、ほんの少しばかり思っていたが、それでも戸惑う。だが、ここで拒否してしまえば、緋瑪以外の友人が、永遠に出来なくなってしまうかもしれないーーそう思うと、ここは素直に友人になろうという気が湧いた。
一は、武雄の手を握った。武雄が安心したような笑みを浮かべる。
「俺は山川武雄だ。よろしく」
一と緋瑪の二人に向いて、武雄はそう言った。すると、美那子がひょいと武雄と一の間に入ってきて、
「武雄の友達は私の友達でもあるから、よろしく! 私の名前は三崎美那子だよん。武雄の彼女もやってるよ」
「ああ。よろしく」
一通り自己紹介も済むと、唐突に武雄がこんなことを言い出した。
「そうだ。お近づきの記念に手品を見せよう」
「へえ。どんなのだ?」
「今から君の頭に火をつける」
馬鹿かこいつは、と一は思った。火をつけるとかそういう手品は、最初から何かを仕込んだ助手相手にするものだ。自分の頭に仕掛けなど何もない。そんなことができるわけがない。そんなことを考えていると、武雄が指を鳴らした。
すると、一は頭にとてつもない熱さを感じた。近くのガラスに自分の姿を映してみると、そこに頭に火を乗せた自分がいた。
「ーー!」
一は声にならない悲鳴を上げた。熱い。この火は本物だ。気付けば辺りを走り回っていた。漫画か何かで体に火がついた時こんなリアクションをしていたのを見たが、まさか自分がするとは思っていなかった。数十秒ほどそうすると、再び武雄が指を鳴らした。すると、頭の熱さがパッと消えた。もう火は消えたようだ。
一は武雄にどんな仕掛けかと尋ねた。だが、武雄は笑ってごまかすだけで、何も教えてくれなかった。機密事項とかそんなのだろう。
一は、タネは気にしないことにした。それよりも、緋瑪と武雄と美那子との四人での通学を楽しもうと、心からそう思った。
一は、教室に入って席に着くや否や、机に突っ伏した。寝る為ではない。転校生を楽しみにしてにやけた顔を見られたくなかったのだ。寝たふりをしながら耳をそばだてると、クラスメイトの声が聞こえてきた。どうやら、話題は転校生のことで持ちきりだ。公表はされていないのだが、情報がどこからか漏れたのだろう。すっかり浸透している。
声にかき消されそうなチャイムの音で、若い女性の担任教師が教室に入ってきた。室長が号令をかける。一は起きて、起立、礼をして、頬杖をついて座った。
「今日は転校生が来ます。もうそこまで来てもらっているので、入ってもらいましょう。|柏原《かしわら》さん、どうぞ入って下さい」
教室のドアが開く。それと同時に、教室の誰もが息を飲んだ。太陽のように輝く金髪の髪を靡かせ、小さい体ながらも背筋を伸ばして毅然と歩く彼女に、一は感嘆の息を吐いた。
転校生は教卓の隣に立つと、よく通る声で言い放った。
「柏原・クリスティアーネ。ハーフよ。よろしく」