母娘の二人で
そして、
「どうせ、死ぬんやったら、うち、お母様のあたたかいひざ元で屍になりたいわな。」
シコメ姫は、思い返す仕草まじりにゲアシオに首をしめられているヤカミ妃を見つめた後、傷口の痛みをこらえ、本能のおのむくままに最後の力を振り絞り、カエルと同じくはいつくばるようにして身体を動かした。
「シコメ、シコメ。すぐに行きまんねん。」
ヤカミ妃もまた、顔を何度かなぐられて怪我をして傷口から液体が出つづけている中、ぼんやりと目にうつる娘・シコメの姿を確認した。
「わてのこと、甘く見てらあかんで。」
まず、ヤカミ妃は、身体にのこる天女としての能力を振り絞り、小さな掛け声とともに、青々と輝く鉄剣を振り回して首を締め付けているゲアシオの腕を切り落とし、そしてシコメ姫のまわりにいるハイド・蛇らをつぎつぎと切り刻んだ。
このとき、彼女は、何者かに取り憑かれたかのような目つきで鉄剣を片手に持っていた。
「ぎゃあ!?助けてくれ。」
「わてながら、雑魚にやられてもうことは、何て不覚なことなんや。」
ハイド・ゲアシオらは、目をつぶりたくなるほどの悲痛な物言いとともに、ばたっと地面に倒れ込んだ。
彼らのまわりには、傷口から出たであろう淡い鴇色の液体が飛び散り、気絶するかのごとく倒れていた。
次に、彼女は浮かせていた身体を土につけ、腕・脚など各所にできた切り傷、顔面や腹の殴られた跡より生じるずきずきとした痛みをぐっとこらえ、一歩づつ倒れているハイドをよけ、確実に地面をはっているシコメ姫の元に近寄った。
ヤカミ妃は、どことなくぎこちなさそうな様子で地面に手をつき、両足をくの字にたたませて正座をし、近寄りくるシコメ姫を膝のうえに導いた。
「お母様。うちが余計なことして助けたばかりに、えらい目にあわせてしもうたわ。」
シコメ姫は、自ら望んだ通り、ぬくぬくとあたたかいヤカミ妃の膝の上で仰向けに身体をゆだね、再度目という名の泉から水を溢れさせながら、申し訳ないという気持ちをまじえて語りかけた。
「シコメ、責めんでもええよ。」
「わて、久々に外に出て新鮮な空気を吸えた訳やし、なによりもほんまに夢やなくて現実にシコメに会えたことがめっちゃ嬉しかったやさかい。むしろ、シコメは、わてにええことしたんやし、もうちょいと自信を持てや。」
ヤカミ妃は、目にぼんやりとうつるシコメ姫をにこにことした顔で見つめ、手で頭をなでながらなぐさめるかのように言葉をかけた。
このとき、まさに母娘らしいフレンドリーな雰囲気が漂っていた。
「お母様、ほめてくれたん? おおきに。」
「うちなぁ。もういっぺん、生まれ変われるんやったら、皮が人間で中身はハイドの融合実験生命体やなくて、どこにでもいてる普通の人間の女の子になりたいねん。」
シコメ姫もまた、視線が定まらぬ状況下、弱々しく口を動かしてヤカミ妃に言葉を返した。
その直後、シコメ姫はヤカミ妃の顔を二度見た後、開けていた目が閉じ、口での呼吸や脈が止まった。
彼女は、このとき、この世に未練がないと思わせる幸せそうな表情を顔の上に描き、ヤカミ妃の方に顔を向けていた。
「あかん。シコメ、目を覚ましてや。寝たら、あんたはもういっぺん、魂の抜けた屍になってまうで!?」
ヤカミ妃は、焦った様子を見せた後、両手で膝元にいるシコメ姫をはげしくもやさしく目を覚ますように呼びかけた。
だが、シコメ姫は、母であるヤカミ妃の呼びかけに応ずる様子はなく、地球でいう白雪姫のように終わりのみえない永い眠りについていた。