目覚めた天女、そして別離
そのため、
「シコメを生かすのには、わての持ってる力を譲るしか道がない。わては、死んでもええけど、シコメはまだ先が長いんやから絶対に死なせんわ。」
ヤカミ妃は、自ら覚悟をきめ、彼女を目覚めさせるべく天女の力を譲ることにした。
まず、彼女は周囲を警戒しつつ、膝に乗せているシコメ姫を草の茂る地面の上におき、ちぎった自らの着衣の一部を用いて傷口などにある鴇色の液体をふき取った。
「宇宙に浮かぶ星、母なる大地を潤す水。そして煌きを与える火、八百万の神々や天女の守り神たちよ。なんじ、我をいけにえにささげ、その力を力尽きし娘に譲りたまえ。」
次に、ヤカミ妃は、木目のごとく整った口調ですばる天女の伝統の呪いを唱えた。
呪いを唱える彼女は、心の中で愛娘のシコメ姫を死なせたくないという気持ちを抱きつつ、死を覚悟してか自らが今日まで歩んできたすべての思い出を浮かべていた。
さて、それを唱えるのとともに、ヤカミ妃とシコメ姫の身体は、深い海の色と同じ紺青のきらきらとした光に包まれた。
その光は、次第に周囲に広がりつつ増幅し、ヤカミ妃とシコメ姫らをアラガミ城から青く深海を思わせる空間へ誘った。
紺色の羽衣、そして着衣・冠・飾りもの、王妃であることを示す黄金の腰帯は、ヤカミ妃の元から姿を消した。
このとき、ヤカミ妃は、身体から臓器をすべて抜き取られるような激しい痛みにおそわれて天女としての力を完全に失い、再び牢獄に閉じ込められていた時の白と黒の着衣の出で立ちになり、ふらふらと地面に倒れ込んだ。
ヤカミ妃がまとっていた紺色の天女の羽衣などは、シコメ姫の身体に移り、蛇などによりできた傷口をいやした。
着衣などは、新しい主とした彼女の身体に合うよう形を変えた。
そうシコメ姫は、ヤカミ妃の力を受け継ぎ、天女として目覚めたのであった。
その姿は、まさにヤカミ妃が一一才のとき、妹とともにすばる王朝の天女防衛隊の下っ端として入ったばかりの頃を思い起こさせた。
その直後、ヤカミ妃の膝に頭をのせて以降、目を閉じていたシコメ姫が、ぎこちないながらも、ぴくぴくと身体を動かし、まもなく目を開けた。
「きゃあ。うち、ナミやトヨタマにしか、この剥き出しの姿を見せたことないんやけど。」
シコメ姫は、うなされた様子で地面につけていた身体をバッと動かした。
どうやら、昔の身体を新しくつくり直したときのことを思い出し、今回もそうなったと勘違いしたようで、恥ずかしいのか頬を桜の色に染め、手をまだそんなにふくれていない胸に置き、脚をお腹の方にひいていた。
「あかん、うち勘違いしてしもうたわな。あと、身体がえらくずきずきとすんねんけど。」
シコメ姫は、一瞬つぶらな瞳で自らの身体を確認した後、ほっと胸を撫で下ろす仕草や言葉とともに、身体全体に走る痛みを我慢した。
続けて、
「あれ、お母様や。何で寝てるんやろ?」
シコメ姫は、ちょうど目線の先で横になるヤカミ妃の姿を見つけ、娘として不思議に思うような様子で近寄ろうとした。
すると、光として二人のことをつつんでいた異空間が瞬く間に暗黒の支配する世界に姿を変わり、台風並の強い風に見まわれた。
ヤカミ妃の身体は、ふわっと身体が軽々と浮き上がり、まもなく風に持っていかれた。
「お母様を助けんなあかん。助けられんかったら、うちの玄孫の代まで言われてまうわ!?」
シコメ姫は、風に持っていかれているヤカミ妃の姿を見るなり、非常に驚いた表情を顔に浮かべて言葉を発した。
それとともに、彼女はまるで以前から天女だったかのように羽衣を上手く使いこなし、ヤカミ妃の元に近寄ろうとした。
異空間に満ちる風は、台風をも超えるほどに強さを増して表面に渦を巻き、天女のシコメ姫の行く手をさえぎった。
この間に、目測で九丈ほど先にいたヤカミ妃の姿は、次第に渦の中へと沈んでいき、まもなく視野から消えてしまった。
「お母様、お母様。うちのこと置いていかんといてや!?」
シコメ姫は、ヤカミ妃の姿を見失うなり、おもわず目からあふれんばかりの涙を流し、ヤカミ妃に対して呼びかけた。
しかし、彼女の呼びかけに対する応答はなく、ただただ周囲の風の音が彼女の耳に入ってくるばかりであった。
まもなく、シコメ姫も目の前に現れたとても渦に吸い込まれていった。
彼女は、渦の中で生きたい、母親を助けたいというそれぞれの意識をもち、必死の思いで羽衣を操っていた。
渦に吸い込まれた彼女は、この渦に巻き込まれた時点で、後々起こる実姉との出会いなどを知る由もなかった。