五章『聖夜』

 明けて翌日。無事にクリスマス・イブの舞台を終えたサンタが改めて『鈴の音』を訪れていた。
「昨日は有難うございました。自分が何故彼らに負けていたのか赤間さんに教えられました。僕自身も、もっと自信と誇りを持たなければいけなかったんですね」
「そうね。サンタさんは日本でたった一人の本物のサンタクロース。自信持って下さいな」
 昨日は観客席で花と一緒にずっと舞台を見守っていた千鶴が言う。
「おや?そう言えば今日は赤間さんは来てませんねぇ」
 土橋の言葉に、波子が答えた。
「赤間クンはHホテルでクリスマス・ディナーショーですって。昨日のテンションのまま張り切りすぎて無きゃ良いわねぇ」
 確かに昨日の赤間のテンションは通常の倍近く高かった。あの調子でディナーショーという狭い空間で力を使えばやり過ぎる事は必須だ。彼がクールダウンしている事を土橋は密かに祈った。
「寿海、トマトは? 」
 花が寿海のサラダボールを覗いて小声で聞く。
「しーっ、花ちゃんや。こっちこっち」
 と、寿海がカウンターから死角になる位置に花を呼び、トマトをこっそりと渡した。食べたふりをして袖の中に隠していたらしい。花はぱくりとそれを口に入れて何気ない素振りで、寿海の隣の席に座り足をぶらぶらさせる。
「寿海、ごちそうさま」
「はい、来年のトマトもよろしくお願いしますよ。花ちゃん」
 千鶴はそんな二人の様子に気づいてはいたが、サンタの手前もあるので今日の所は花と寿海を見逃す事にした。テーブルの上に並べたカードを再び混ぜあわせていた波子がふと顔を上げる。
「雪雪雪!! また雪が降って来ましたー!! 」
 元気に叫びながら理沙が入ってきた。彼女も昨日からまだテンションが落ちていないようだ。雪が降っただけでも嬉しくなる理沙なので、異様なほどに元気である。波子は再びカードを切り混ぜながら言った。
「理沙クン、扉はちゃんと締めようね」
「あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって! 今日は積もりますよね、サンタさん」
 嬉しそうに言う理沙にサンタは笑顔で頷いた。
「ええ、犬塚さんが喜ぶようなホワイトクリスマスになりますよ」

 それは恐らくサンタの奇跡。彼は目に見えるプレゼントは出す事が出来ない。ただ、誰かが「こうあれば良い」とか「誰かに会いたい」というささやかに願いや想いを、ほんの少しだけ現実に引き寄せる力を持っているだけ。
 
「サンタ、今年の花のプレゼント! 」
「はい? 何か欲しい物があるんですか、花ちゃん」
 笑顔で答えるサンタに花は言った。
「来年はもっと花に会いに来い。春も夏も、プレゼント無しで許す」
 サンタは花の言葉に少しだけ驚いた顔になる。サンタが冬以外のシーズンに『鈴の音』に来る事を遠慮しているのは、彼の力は冬にしか使えない、それ以外の季節はほぼ一般人になってしまう事が理由だった。
「そうじゃな。花ちゃんに会いに来てくれると、わしらも嬉しいのう」
 と、寿海が言う。
「でも、僕は冬以外は人間と全く変わりませんよ? 今だって何も皆さんのお役には立てていませんし」
 つるべ落としが観葉植物の枝を揺すって笑う。
「人間だろうが物の怪だろうが、おまえはおまえじゃろう」
「サンタクンは真面目に考え過ぎなのよねぇ。理沙クンや千鶴クンみたいに人間生まれのコもいるんだから遠慮はなし」
 カードを一山にまとめ終えた波子が言うと、理沙が頷く。
「うん、私がここに初めて来た時もまだ普通の人間だったもんね」
「そうね。犬塚さんはまだ高校生で、何故かここに迷い込んで……でもステーキ六人前ぺろっと食べたわよね? 」
「やーん! 千鶴さんってば、私の黒歴史ばらさないでー」
 笑いながらそう言う理沙につられ、皆が笑った。サンタも思わず笑い出す。
「分かりました。来年は、花ちゃんや皆さんにもっと会いに来ます」
 
 日もすっかり暮れた頃、サンタは立ち上がった。
「では、僕はこれから本当の仕事です。皆さん、メリークリスマス! 」
「メリークリスマス、サンタさん」
「行ってらっしゃい」
「良いお年を」
 皆口々にサンタに挨拶を述べる。扉の向こうに彼が消えた後の窓から見える夜空に、そりに乗り天翔ける赤い服のサンタクロースの姿が小さく見えた。
「おんや鹿だ」
「土橋さん、あれはトナカイです」
 理沙が訂正したが、土橋は聞いていない。
「冬は都にもたまに鹿が降りて来おったよなぁ」
「だからあれは鹿じゃ……」
「脂が乗ってほんに美味かった」
 口元を拭う土橋の仕草に、思わず理沙は脱力する。
「トナカイさんは食べちゃ駄目ですからね」

「メリークリスマス」と囁くように白い雪が舞い降りる。街角のツリーに、幼子の眠る屋根に、友を見送る窓に。静かに静かに、小さな奇跡が降り積もる。

(了)

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2013年12月28日初稿
2014年12月19日修正版

nyan
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