「困った事をしてくれたわね」
 俺の横の席で、二十代前半の小生意気な女性科学者がディスプレイを凝視している。
 専門は宇宙生物学だとか言っていたが……
「俺のせいじゃない」
「いいえ、あなたのせいよ。なんのために、人を常駐させていると思ってるの?」
 今、俺達がいる場所は、ラグランジュ第二ポイントに浮かぶ隕石迎撃衛星の制御室。
 月面基地にいたこの女が、ここに乗り込んできたのは十分ほど前の事だ。
「この衛星は月面基地からでも操作できるのに、人を乗せてるのは最終判断を任せるためよ。隕石と間違って人造物を撃たないように」
 だが俺は撃ってしまった。しかし……
「君ならあれが人造物だと分かったのか?」
 俺はディスプレイを指さす。
 そこにあるのは、サツマイモの様な形をした一キロほどの石質コンドライト。
 どう見ても小惑星だ。
 もちろん、撃つ前にできる限りの観測はやった。その結果を見ても、ケイ酸鉄を主成分とした典型的なS型小惑星。質量も重力分布もアルベドも、あれがただの小惑星だと示していた。最後に俺が目視して確認したが、自然の小惑星以外の何物にも見えなかった。
 それでも、彼女は映像を凝視し、俺が見落とした何かを見つけようとしているが……
「……確かに、普通の小惑星と見分けがつかないわね」
 ほら、見ろ。
「でも、それを見分けるのがあなたの仕事よ。できないなら、ここにいる意味がないわね」
 ムカつく。だが、正論だ。
 まったく、なんでこんな事になったんだろ。 
 この事態が始まったのは一カ月前の事。その日、MDS(隕石防御(メテオ・ディフェンス)システム)始まって以来、初めての隕石迎撃命令が発せられた。
 地球を巨大隕石から守るという目的で生まれたMDSは、多数の監視衛星やミサイル衛星、レーザー衛星から構成され、月面基地でコントロールされていた。
 だが、MDSは生まれてから三十年間一度も活躍する機会がなかった。
 まあ当然だろう。巨大隕石なんて落ちてくるのは数千年に一度あるかないかだ。
 最近では『千年に一度の災害に備えるなど予算の無駄だから事業仕分けしろ』という意見もある。
 そんな折、監視衛星が地球衝突軌道に乗った小惑星を発見した。それでいよいよМDSの出番となったわけだ。
 ちなみに隕石迎撃と言っても、必ずしもレーザーやミサイルを使うわけではない。小惑星の軌道が地球に衝突しそうだと分かったときは、多数のプローブを小惑星に着陸させて小惑星の質量を変えることによって軌道を地球衝突コースから逸らすという穏便な方法が普通は使われる。
 しかし、そんな悠長な事をやって暇がないというケースもある。その場合は表面にレーザー核融合爆弾、あるいは対消滅爆弾を設置して爆破して軌道を変更する。
 それらの手段がすべて使えない最後の手段として巨大レーザー砲衛星が用意されている。
 今回はまさにそんな時だった。
 哨戒衛星が探知した時には、もはや通常の手段では回避不可能な距離に迫っていたのだ。
 その時、迎撃衛星で当直についていた俺は近づいてきた小惑星にガンマ線レーザーを撃ち込んだ。
 この衛星のレーザーは陽子と反陽子の対消滅反応によって生じるガンマ線を増幅したものなので、かなり強力ではあるが、それでもこのサイズの小惑星を完全に粉砕するにはエネルギーが足りない。だから今回は。表面の一部を昇華させ、その圧力で軌道を変えて地球衝突コースから逸らすという計画だった。
 小惑星をビリヤードの玉に例えるなら、このレーザーはキューのようなもの。レーザーを当てる場所を間違えれば、小惑星はどこへ飛んでいくか分からない。下手すると地球や月にぶつかる。
 小惑星の軌道を逸らすには、その質量、密度、形状を計測して慎重に狙いを定める必要がある。まあ、それらの作業はすべてコンピューター任せであって、俺の役割はトリガーを引くだけだが。
 この時のコンピューターの仕事は実に正確で、レーザーを照射された小惑星は計算通り軌道を変え地球から離れていった。
 そこまでは良かった……
 その五日後、再び小惑星が現れるまでは……
 もちろんそれも迎撃したのだが、それからというもの、小惑星が五日おきに現れるようになった。しかも、形が全て同じ。
 さすがに変だと思って月面基地にデータを送ったら、専門家を寄越すと返事がきた。
 そして、やって来た専門家というのがこの女というわけだ。
「じゃあ、君はあれが異星人の宇宙船だというのか?」
「そうよ。これを聞いて」
 彼女は通信機を操作した。
「にゃあああん」
 突然、スピーカーから聞こえてきた猫の鳴き声に俺は一瞬呆気に取られる。
「な……なんだ、これは?」
「あの隕石から微弱な電波が出てるのよ」
「電波? 俺が観測した時はそんなもの無かったぞ」
「私がここへ来る途中、宇宙船から簡単な信号電波をあの小惑星に向けて送ったのよ。そしたら、小惑星も電波を出し始めたのよ」
「それと、この猫の鳴き声となんの関係が?」
「小惑星から出ている電波を、直接音に変換するとこうなったの」
「これが宇宙人の言葉なのか?」
「それは分からないけど、自然発生的な電波ではないわね」
「しかし、あれはどう見ても小惑星だぞ」
「恐らく、船の表面に岩石を付着させて偽装しているのでしょう」
「しかし、なんでこんな変な行動をするんだ? レーザー攻撃されるのがいやなら戻ってこなきゃいいのに」
「それを調べるために私が来たの」
「どうするんだ?」
「これから、あらゆる周波数で呼びかけてみるわ」
「だけど地球衝突コースから逸れなかったらどうする?」
「どんな事があっても、絶対に撃たないで」
 彼女はマイクを取って呼びかけた。
「宇宙人さん。聞こえますか? ごめんなさい。攻撃するつもりはなかったんです」
「宇宙人相手に日本語で……」
「意味は通じなくても、敵意がないという事は伝わるかもしれません」
 そんなバカな……という言葉は、俺の喉元まで出かかって停止した。レーダーディスプレイの中で小惑星が突然軌道を変えたのだ。 
 誠意が伝わったのか? その前にあれは本当に小惑星に偽装した宇宙船なのか?
 いや、それはもう疑いようがない。ただの小惑星が軌道を変えられるはずがないんだ。
 ただ、問題は……
 俺は赤外線観測機を操作した。
「バカな!?」
 俺は観測結果を見て思わずつぶやく。
「どうしたんですか?」
「奴はどうやって軌道を変えたんだ?」
「どうって?」
「化学燃料にしても核燃料にしても、反動推進を使っているなら、高温のガスかプラズマが観測できるはずだ。だが、奴の周囲にそんなものはない」
「でも、実際に軌道は変わったわ」
 そうだ。軌道は確かに変わった。となると考えられるのは……
「やはり……」
「どうしたの?」
「奴が軌道を変えたと同じ時間に重力異常が起きている」
「重力異常? という事は……」
「ああ。慣性制御だ。そうとしか考えられん」
 ヒッグス粒子が発見されてすでに半世紀以上経過するが、人類は今でも重力を制御する術を持たなかった。慣性制御など不可能だという説を唱える学者も少なくない。
 だが、たった今慣性制御が可能だという事が証明されてしまったわけだ。
「素晴らしい!!」
 なんだ!? 急に目を輝かせて彼女はどうしたんだ?
「そんな凄い宇宙人とお友達になれたなんて」
「いや、まだお友達なれたわけでは……」
「お友達ですよ。現に私の誠意に答えて軌道を変えてくれたじゃないですか」
「それはちょっと……ん?」
「どうしたの?」 
「お……おい……これを……」
 俺はレーダーを指さした。
「みゃみゃみゃ」
 スピーカーからは相変わらず猫の鳴き声のような音が流れている中、彼女はレーダーを凝視し、次第に青ざめていった。
「あの、これってここにぶつかるんでは?」
 俺は無言で頷く。
「ええ!? 早く逃げなきゃ」
「どうやって!? 君が乗って来た船なら月へ帰ってしまったぞ」
「あの……この衛星は動けないの?」
「姿勢制御用の小さなエンジンならあるが、推進用のエンジンはない」
「そんな……」
 こうしてる間にもレーダー上で奴の影がどんどん近づいてくる。

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