第2章 第5話 精霊の森の道標

 うっそうと茂る精霊の森。
生い茂る木々に先は見えず、その森は来るものをみな拒絶しているかに見える。
意を決し森へと足を踏み入れる、その瞬間。

「うわっ!」
木々の中から飛び出す光。
顔のすぐ脇をかすめ、音を立てて後ろの木の幹へと突き立つ。
よけようとしてバランスを失ったジークがそのまま大地へ尻をついた。

「これは、矢……?」
座り込んだまま顔だけをそちらへ向ければ、それは一本の矢だった。
彼を狙ったのか、それとも威嚇が目的か。

だがこの森の中でここまで正確に矢を放つなど、並の使い手では出来ることではない。
いずれにせよ決して楽な相手ではないだろう。
ジーウは体勢を立て直すと、腰の剣へと手をかけていた。
もし矢を放ったものが敵であるなら、抜かねばならない。
自分には任務がある。ここで倒れるわけにはいかない。
無事に帰るのだ。自分の責務を果たすために。

身構える彼に、声はどこからともなく響いてきた。
「出ておいきなさい!
 これ以上この森に入るというのなら容赦はしません!」
おそらくは男性だろう。
女性とも取れるような高めな声は木々の間で反響し、幾重にも重なってジークのもとへと届いてくる。
だが、彼は引き下がらない。引き下がれない理由がある。

「ユグドラシルが必要なんです!ぼくの大切な人がそれを必要としているんです!
 お願いです。通してください!」
「……。」
森の奥へと叫ぶジークに、すぐには答えは返らなかった。

 わずかな、それでいてあまりも長い時が流れる。
静寂の後、前方の枝葉を大きく揺らし、一つの影が飛び降りてくる。
相手は今、一陣の風とともにジークの前にその姿を現していた。


 きれいに脚から着地しゆっくりと顔を上げたその相手を見たとき、ジークは言葉を失っていた。
現れたのはやはり男性だった。
澄み切った若草色の髪、同色の瞳。
神官衣のようなゆったりとした衣服はおよそ弓技には不釣合いだが、その腕に握られたままの銀の弓が、先の矢が彼の所業によるものであることを示している。
しかしジークの目を奪ったのは、それ以外のものにあった。

何を言われるまでもなく、ジークは剣の柄から手を放すと頭へ手をやり、耳を隠したその布を静かにほどいていた。
彼の特徴ある耳があらわになる。
男性の目が驚きをその内側に示していた。
男性の耳もまた長く尖っており、それはジークのものとあまりにもよく似ていたのだ。

そして直後、それまでも何かを考えるようにしていた男性は、何かに確信を得たように静かに笑みを浮かべたのだった。

「あなた、お名前は……?」
ゆっくりと森の男性が語りかける。
「……ジーク……。」
その突如の変化に戸惑いを浮かべながらも、ジークは答える。
「ジーク……ジークフリード……?」
「――はい。」

――!
――まただ、どうしてぼくは――
意思とは別に、自然と答えは口を突いて出ていた。
その手でペンダントをひらいた時もそうだった。
そこに刻まれた記憶にないはずの名前を、それが自身のものとして自然に受け止めていた。
失ったはずの記憶の中で、自分の中の何かがそれを認めていた。

しかし、この男性は何故そう呼ぶことが出来るのか。
あのときとは違う。
自分ですら覚えていなかった名前を、そこにたどり着く|道標《どうひょう》もなく、何故この男性は呼ぶことができたのか。


「あの、あなたは……?」
そう言ったジークに男性はわずかに微笑みかえすと、そのままの穏やかな声で彼の質問に答えていた。

「ご心配なく。 わたしはフォルセティ。この森の番人です。
 あなたが私を知っていてもいなくても、わたしはあなたの敵ではありません。
 あなたを、わたしはずっと待っていました。
 そしてあなたの求めるものを、わたしはずっと守っていました。」
「ユグドラシルはやはりここに!」

フォルセティはゆっくりと頷いた。
「そうです。けれど今のあなたでは、そこへ行くことはまず不可能でしょう。」
ジークが少し肩を落とすが、番人の言葉はそこで終わりではない。

「早とちりしないでください。そこへ行く権利はあなたにはあると言っているのです。
 ただ『道』をまだ見つけていないだけ。」
「道……?
 あなたは何を知っているのですか?」

 フォルセティはそれには答えなかった。
ただ穏やかな笑みのまま、こう告げるだけだった。
「私はこの森の番人。
求める者に、答えを導く|道標《みちしるべ》。
 さあ、ついておいでなさい。
 案内しましょう。その答えの場所まで。」

 背を向け、先導するように歩き始めた男性の後につき、ジークは森の奥へと歩みを進める。
この男性が信用できる人物かどうかを判断するすべは今の彼にはない。
しかし、ジークはこの相手を自然と受け入れていた。
それはこの世界で初めて出会った、自身と似た容姿を持つ者への親近感のようなものであったのかもしれない。
だが、それ以上に彼は感じ取っていた。

――自分は、この男性を知っている。
自分自身ですら気づかないわずかな感覚に、彼はこの男性に対する信頼感のようなものを感じ取っていたのだった。

藤井ひかる
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藤井ひかる

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