雨中の逃走プロローグ
しとしとと降り続く雨は、屋根を濡らし、地面を濡らし、人の体を濡らし、心を濡らしていく。そんな雨の中、学生服を来た高校生、ノボルは傘もささず、とぼとぼと帰路についていた。
住宅街の狭い道路に、一台の車が近づいてくるのも気にせず歩き続ける。車の方が減速し、なんとかノボルをかわして走り去っていく。途中、十字路に差し掛かった時、ノボルは一度雨空を眺めた。
「雨、か。今の僕にはぴったりだ」
そうつぶやくと、魂が抜けたような状態のまま、ノボルは十字路を左へと進んだ。
しばらく進むと、目の前の雨の光景は変わらないのに、ふと降りかかる雨が途切れた。ノボルは驚いて立ち止り、そのまま後ろを振り向いた。そこにはセーラー服を来た黒髪のロングヘアが美しい女子高生が、ノボルに傘を差し出していた。
「……サナエ?」
不愛想な彼女に向かい、ノボルは思わずつぶやく。
「まったく、いくらショックだからって、こんな雨の中で傘もささないで帰ることはないだろう。風邪をひいてしまうぞ」
そういうと、サナエはさっさと受け取れ、とばかりに傘をノボルに押し付ける。その勢いに圧倒され、ノボルは差し出された傘に手を伸ばした。
「どうしてここに? ヤスユキはどうしたのさ?」
「置いてきた。そんなことより、君の方が心配だったから」
そんなこと、という言葉にサナエの無関心さが感じられたが、自分のことを心配してくれたことを、ノボルはうれしく思った。
だが、喜んでばかりもいられない。
「それはダメだろ。だってサナエは」
ノボルはそこまで言って俯いた。
「サナエは、今日からヤスユキの彼女なんだから」