最初の隣接コンタクト
ノボルとサナエは、高校一年の時から同じクラスだった。あまり感情を表に出さず、めったに笑うことのないサナエは、積極的に人と接することはしなかった。
おかげで、入学早々いくつかできていた女子グループに入ることができず、話し相手と言えばたまたま授業のグループ分けで話をした何人かの女子くらいだった。
男子に話しかけることもほとんどしなかったが、容姿はほかの女子と比べてもなかなか良かったため、何人かの男子はサナエのことを狙っているという話もある。
六月の席替えの時、ノボルとサナエの席は隣同士になった。話しかけるきっかけとなったのは、サナエが教科書を忘れたときだった。
「教科書、見せてくれないかな」
反対側は女子だったのに、何故サナエはノボルの方を選んだのかはわからない。授業が始まった後、ノボルがそのことについて聞くと、
「いや、特に。しいて言うなら、君と話したかったから」
と答えた。その答えにノボルは一瞬どきりとしたが、
「と、言われたら、君はうれしいか?」
と続けられ、遊ばれているのだろうかとノボルは少しがっかりした。
「そりゃ、女の子と話せるのなら、それはうれしいに決まっているよ。ましてや、君みたいなかわいい子ならなおさら」
先生の声が聞こえる中、ノボルはサナエにこっそりつぶやいた。
「そうか、それはよかった」
そういうと、サナエは板書を見てノートをとった。
話している間も授業の間も無表情だったが、この時は少し笑っているように見えた。
授業が終わり、ノボルはサナエの机と自分の机を離す。かわいい女の子との近くにいられる時間が終わって少し残念な気持ちになったが、そういう時間があっただけでも幸せだ。そう思い、次の授業の準備をする。
その時、サナエが同じく次の授業の準備をしながら、ノボルに話しかけてきた。
「そうだ、せっかくの機会だ。私のことはサナエ、と呼び捨てにしてくれ。私も、君のことはノボル、と呼びたいから」
「え、あ、うん。わかった。サナエ……さん」
「さん、は余計だ。サナエ、でいい」
「わかった、サナエ」
「よろしくな、ノボル」
女の子のことを呼び捨てで呼んだこともなければ、呼び捨てにされたこともなかったノボルは、呼び捨てにすることに抵抗を覚えていた。しかし、サナエが案外話しやすい相手であることと、男っぽい口調であることが幸いしたのか、慣れるまでにあまり時間がかからなかった。
それから、サナエはノボルに積極的に話しかけるようになった。最初は授業の準備や学校の行事での話が多かったが、徐々に放課後の話し相手をするようにもなった。
七月になって席替えが行われると、ノボルとサナエは別々の席になってしまった。この時に、
「君と離れると、少し寂しいな」
とサナエがつぶやいたのを、ノボルは今でも覚えている。