第9話 嘘の呪いを吐かないで
毎晩、同じ夢を見る。
蜘蛛のような化物に飲み込まれ、じわじわと消化されていく夢だ。
自分が徐々に溶かされていき、もう肉の一片も残っていないくらいになると目覚める。
「ハァ……ッ! はぁ…………」
汗が体中にまとわりついていた。
起きた後は外に出て水魔法で汗を落とし、買い置きしていた安物のパンを食べる。
両親が残してくれた家を出て、街を歩き回る。
どこもかしこも、いつもと変わらない。
これが日常。僕の日常だ。
そして、初めてジェネクスさんと出会った、魔法の練習場に着く。
そこはもう使われていなかった。誰もいない。
僕がいつもいたその隅で、あの時作った鳥の置物を撫でた。
「──ジェネクスさん……」
誰もいない練習場で、僕の声が反響せずに消えた。
あれから二年、ボクは12歳になっていた。
あれからジェネクスさんとは一度も会っていない。
一度も、だ。
食い扶持は自分で稼いでいる。
土魔法で作った模型を売っているが、保護者の義務だと親方から渡されるので金に不自由はしていない。
売ると言っても、玩具店に置かせてもらっているだけだ。
すると毎日が暇になってしまうが、あれからというもの僕は体を鍛えるようになった。
魔力を素早く変換できるように工夫したり、瞬発力を鍛えたり、いろんなことをしている。
相変わらず貧弱な体だが、鍛えないよりはマシだと思ってやっている。
朝は模型を作り、昼は体を鍛え、夜は本を読んでいる。
朝、模型を家で作っている最中のこと。
家に誰かが訪れた。
「どちらさまでしょうか?」
そこにいたのは、僕と同じくらいの背丈の女の子だった。
燃えるような赤い髪に、赤い服。身に着けているものは赤ばかりだ。
唯一首に掛けられているネックレスは青い。けどそれだけだ。
「わたくし、イストワーリ国第13王女のエイル=ユーシャで御座います。本日は我が国に所属するジェネクス=カルドリア様からの指令により貴方様をお迎えに上がりました」
王女? 指令? お迎えに上がりました?
そんなことはどうでもいい。
ジェネクスさんが呼んでいることは理解出来た。
「お話を、させていただきませんか?」
「はい。どうぞ中へ」
ひとまず家に入れる。
出ると言うのなら荷造りをしなくてはならないので、玄関で立ったままというのは失礼だ。
「殺風景な部屋ですわね。機能的で逆に良さそうです」
「どうも」
ぶっきらぼうな返し方だが、今まであまり人と話してこなければこうもなる。
本ばかり読んでいた弊害だ。友達は未だに居ない。
「茶です」
「ありがとうございます」
リビングの机は四人用だ。
向かいの席に座ってもらい、話を始める。
「……えっと、エイルさんでしたか。ジェネクスさんが今まで来なかった、または来れなかった理由を知っていますか?」
「あの方は多忙な毎日を送っておられました。国の研究施設を利用して色々な事柄を好奇心の赴くままに探究しておられます」
ジェネクスさんは、僕を放って研究に没頭する人だっただろうか?
一緒に過ごしたのは数日だけだったが、そんな薄情ではなかったと記憶している。
「つまりエイルさんが、ジェネクスさんの代わりに僕を迎えにきたと」
「そういうことです」
王女を国からかなり離れたこの街に送り出すなんて、あの人らしくない。
「嘘ですね。ジェネクスさんはそんな人じゃなかったですよ」
「なぜ嘘だと断定できるんですか?」
「貴女がここに一人で来ているからですよ。エイル=ユーシャさん? 確か『赤神《しゃくじん》』と呼ばれていましたね」
「わたくしも、随分と有名になったものです。こんな辺境の地にまで知られているとは」
「本で読んだだけです」
エイル=ユーシャ、二つ名は『赤神』。
体内から溢れ出た魔力が可視化するほどまで魔力を圧縮出来るという。体外へと漏れ出た魔力は自身の体を覆い、その色が『赤』であることから『赤神』と名付けられたという。
その高密度魔力から生成される魔法の威力は、天井知らず。
一つの城を一つ落としたとまで言われている逸話がある。
従って、戦場でも映えるようにと国王から宝具である赤い刺青をいれていると聞く。
さっき、思い出した。
特徴が似ていたから内心驚いていたが、その程度だ。
「本当の理由は何なんですか?」
「戦争です」
確かに、国にとっての最大戦力だからな。戦争に駆り出されるのは必然だ。
しかしこの二年間で他国との戦争があっただろうか?
戦争のせの字すら聞かなかったぞ。
引き籠っていたせいで聞いていないだけかもしれないが。
「戦争か……どことですか?」
「隣国、ガルシャムラムダと。小競り合いの範疇でしたけどね」
「そうですか」
さて。
「なぜ最初に嘘を?」
エイルさんは持っていたコップのお茶を飲み干して、その問いに答えた。
「ただの、呪いです」