第10話 風が吹き、砂が飛ぶ
呪い。
昔ジェネクスさんが話していた、バシウムという男にも呪いがかかっていたそうだが、そんなに酷く恐れなければならないものなのか?
バシウムの呪いは微妙な効果だったが、この人の呪いはどんなのだろうか?
本ではなかなか書かれていない。
「わたくしの呪いは、会話中に嘘を吐かないとそれ以降絶対に眠れなくなるというものです」
眠れなくなる、だけ?
そこまで凄い効果ではなさそうだが……。
「では、なぜあんな嘘を。たとえば……そうですね、『自分は蜘蛛です』なんてわかりやすい嘘を言っておけばいいのでは?」
「会話中に、自然に混ぜなければいけないのです。そうでないと呪いは効果を発揮します」
つまり相手に悟られないように嘘を吐かなければならないと。
なら今、見破ってしまった『ジェネクスさんの代わりに僕を迎えにきた』というのは嘘を吐いたことになるのだろうか?
「嘘を吐くというのはもう慣れました。気にしないで、というのも無理でしょうし適当に相手をしてやってください。
ちなみに、わたくしは王族ではありますがこの魔力によって立場がある状態です。戦場に出て死んで来いとまで命令されたことがあります。なので普通に接してやってくださいね」
魔力か。
机の上に置かれた右手から、可視化した魔力の色が見える。
しかし、死んで来い、か。
酷い指揮官だ。
嘘を吐かなければ、絶対に眠れなくなく呪い。
呪いの効果は絶対だというから、恐らく睡眠薬すら効かない。
体を休めることは可能だろうが、眠気というものは寝ないと無くならない。
なぜ目の下が黒くないのか気になるが……それは後で聞こう。
王族ではあるが、王族ではない。
微妙な立場にもほどがある。
本で読んだ限りは王族だったが、本当のところはよくわからないな。
嘘を吐く。
善人であれば心を痛めるだろうが、なぜこの人はそんな様子を見せないのか。
その時、幾つかの単語《ワード》が頭の中で合わさった。
『嘘を吐かないと眠れない』『本で読んだ限りは』『目の下が黒くない』。
なるほどそういうことか。
なぜ今現在は睡眠不足ではないのか解ったぞ!
「わかりました」
「なんでしょうか?」
「本に嘘を書いたとして、それが読まれて嘘だと思われなければ嘘を吐いたことになりますか?」
「……気付いたのですね」
本に書かれていたのは、エイルさんが何を成したか。
城を落としたり、戦場で活躍した。
この中に一つ嘘が混じっていたのだ。
つまりこの本が読まれるということは、その都度『嘘を吐いている』ということになる。
気付いてみれば、簡単なことだった。
「ということは、貴方はここにきてから嘘を言う必要がなかった。言っていたとしても、それは保険でしかない」
「その通りです」
戦場で活躍したのかしてないのかは、本人が真実を話さない限り関係者以外には知られることのない真実。
真実を知らなければ、嘘だということもわからない。
脱力して、お手製の土の椅子に寄りかかる。
考えるのは疲れる。
「……なんでこんなまどろっこしいことを?」
「ジェネクスに一人の子供を連れてこいといわれた時、質問したのです。わたくしが行く必要はありますか? と。
彼はこう答えたわ。『その目で確かめろ。今のあの子は普通の子供ではないだろう』と。
だから確かめたのです」
そんなことを確信されていたのか。
不思議と背中がこそばゆい。
そんなことを考えていると、エイルさんが立ち上がった。
「国の王女であるわたくしの秘密を知ってしまったからには」
「え?」
「死んでもらわないといけませんね」
「うわぁっ!?」
振り上げられた手が振り下ろされた。
手刀は僕とエイルさんの間にあった机を破壊し、地面にめり込んだ。
手には刀の形をした炎の塊がまとわりついていた。
魔力を炎に? いや、あれは魔力だ!
変形自在、可動域360度の魔力の塊。
それが僕に向かって振るわれた。
「ぐっ!」
「手ごたえ、ありね」
土魔法で迎撃しようとしたが、勢いよく吹き飛ばされた。
何をされたのか理解が追いついていない。
「思ったよりも、呆気なかったわね」
「なあっ!?」
起きてみると、僕は家の外に吹き飛ばされていた。
家の周囲は空き家ばかりで、壊れても問題はない。
しかしそれよりも問題なのは、家がなかった。
僕の住んでいた家が、なかった。
親から受け継いだ、形見とも言えるそれを壊された僕は。
怒《いか》った。
「よくも、よくも…………」
見下す王女。
僕は立ち上がり、眼前まで迫った。
腕と足から、悲鳴が上がる。
だけど痛みは感じない。
感じている場合じゃない。
「悪いけど、死んでくれ」
こんな忠告ができるということは、僕の理性はまだ残っているんだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、体を動かした。
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先ほどまでとは全く違う雰囲気を放つ少年。
戦場でもここまでの怒気を発せる者はそうそういない。
そして驚くべき点は、この少年この歳にして鋭い殺気を放っている。
なぜこんなに怒っているのか、エイルには理解できなかった。
ジェネクスから聞いていた土魔法師だという情報。
土魔法なら壊されたものを直せるので、たかが机一つを壊された程度でここまでの怒りを見せるなど普通ではないと感じていた。
実際は家を壊してるのだが、些細な事だと断定した。
そんなことは眼中にも入れていなかった。
「《土之球群《アースショット》》」
圧縮した魔力で放たれた土の球。
球速は通常のものより早く、威力もそれに比例していた。
それが数十個も同時に放たれ、避けることは不可能。エイルは魔法で防御せざるを得なかった。
得意としている火の属性は土魔法とは相性が悪いので、仕方なくまだ練習中の水魔法を使用。
撃たれている方向に厚い水の壁を張り、防いだ。
「《流水の壁》《|鉄之柱《スティル・ピラー》》」
鉄の柱が直線に地面から撃ちだされ、セクターが出した土の壁も意味を為さない。
簡単に突き破り、セクターから骨の折れる音が辺りに響く。
「《|風の紐《ウィンドヒル》》、巻きつけ!」
倒れたセクターの体を風の紐が縛り付け、身動き一つできなくなる。
「なぜか捕獲になったけど、まあいいでしょう」
肩に担がれたセクターは、気絶していたので縛る必要はなかった。
担ぐときに骨が更に折れた音がした。
彼女はセクターを担いだまま、街を後にした。
家は潰れたままだったので、空き家と判断され数年後に残骸が撤去された。
ドールスには、セクターに関連する物は何一つ残っていなかった。
それが理由なのか、セクターはこの街を二度と訪れることはない。