第三章 妹と目利きと名もなき鳥 16

出会わなければよかったのかもしれない。こんなことを言ったら君は怒るだろうけど。

でも今はもう、怒る君はどこにもいないのだから。




「俺たちは普通の人間に保護された。高野雀に高野燕。双子の姉妹だ。それからもう一人が笹間陸だ」

「高野雀って、雀さん?」

「それに、陸さん」

「はい。俺の両親のことですよ。高野は母の旧姓なので」

俊輔がそう言ってから少しの間全員が黙った。流夏が大きなため息をついてから再び話し出した。

「三人は名もなき鳥と俺の手当てをしてくれた。しばらくの間は妖宇香を探しつつ、五人で平和に暮らしていた。そして、こいつと燕は恋に落ちた。だが、俺の追手と名もなき鳥に恨みがある者が手を組んで襲ってきた」

「でも、るーちゃんも俊輔さんもそんなヤツら簡単だったでしょ?」

「ああ。だから、ヤツらも頭を使った」

「まさか」

気づいてしまった麗羅が小声で呟く。

「予想はついただろ?雀が人質にとられたんだ」

「そんな、ひどい」

「当たり前だが燕と陸は悲しんだ。俺たちが、あいつらをこの世界に巻き込んでしまった。その日は、燕と雀の十八の誕生日の前日だった。そこでこいつが一人で乗り込んだ。死んでも雀を助けるつもりでな。だが、燕が心配して後を追って来てしまった。体が弱いのに無理をしたせいで燕は現場で倒れ込んだ。名もなき鳥がよそ見をした隙に、敵は雀を殺そうとした。そして名もなき鳥がそれを庇った」

流夏がそう言うと玲花が小さく首を振った。そんな結末あんまりだ、と。

「俺と陸が駆け付けたが、名もなき鳥は助かりそうになかった。そして、燕もな」

「流夏」

流夏にあとはいいと告げて俊輔が話し出す。

「俺は次は普通の人間になりたい、と。そう言いました」

「俊輔さん」

「燕が最期に名前をくれました。『人間らしい名前なら、俊輔がいいよ』と。燕は元々二十歳まで生きられないと言われていたそうです。俺と流夏に自分を責める必要はないと、十七まで生きれて嬉しいと言っていました。彼女は、十八歳になれませんでした」

短すぎた。もっと生きるべきだった。あんなに優しく美しい人はどこを探してもいない。俺に出会いさえしなければ。

「俺は、陸と雀の子供として生まれ変われるように願って、そして消えました」

「それで、今俊輔はここにいるんだ」

話が終わってからしばらくは誰も何も言わなかった。壮絶な話に全員が口を閉ざした。

だが、万里が突然声をあげた。

「ねぇ、俊輔さん。ご両親は今おいくつ?」

「二人とも二十六になります」

「おかしいよ!そしたら流夏さんと俊輔さんが二つしか違わないわけないもの!」

「最初の頃はまだ妖狐の部分があって成長が異様に早かったんです。まあ幼稚園には行っていなかったので問題はありません。やがて力もなくなり、成長スピードは周りと変わらなくなりました」

「え、じゃあ雀さんや陸さんのご両親が何か言うんじゃ……」

「そこらへんは力があるうちに俊輔が暗示をかけた」

「なので俺の成長スピードを疑わしく思う方はいませんよ」

「なるほど」

万里の思い切った質問により、少し場の空気が変わった。

「次は、私たちのことをお話します」

「いや、明日にしろよ。あまり長く話すのも聞くのも疲れる。それに、今日戦ってきたばかりだ」

「るーちゃんの言う通り!もう遅いし、帰ろう!」

「あ、本当だ!」

「じゃあな」

流夏は窓から飛び降りていなくなった。

「じゃあ、俊輔さん。お邪魔しました」

「いいえ」

「バイバイ!」

麗羅と万里が部屋を出る。だが、玲花はその場に固まっていた。

「姫野さん?大丈夫ですか?」

玲花は顔をあげると俊輔を見つめた。

「私、やっぱり笹間君のこと怖くないや。だって、こんなに優しいんだもん」

「おや、ありがとうございます」

「お邪魔しました!」

玲花も何か吹っ切れたように部屋を出た。

一人になると、俊輔はベッドに倒れ込んだ。

「平気か?」

窓から出て行ったはずの流夏が部屋に立っていた。

「ええ、大丈夫です。流夏」

「なんだ」

「ありがとうございます」

「だからなんで、お前が礼を言うんだ」

俊輔は楽しそうに笑った。




「万里、入るぞ」

翌朝、麗羅が万里の部屋に入るとそこには誰もいなかった。

「万里?」

窓が開けたままだった。入ってきた風に麗羅の髪が揺れ、机から紙が一枚落ちた。何か気にかかり、それを拾う。

内容を見ると麗羅は部屋に戻り剣を持って家を飛び出した。

「許さない」

普段のクールな表情はどこにもない。今の麗羅からは溢れ出る憎悪が一目で見てとれた。

「お父さん」

七条雫
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七条雫

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