第三章 妹と目利きと名もなき鳥 15
「能力者ですらない。コイツはただの妖怪だ」
流夏がかなりひどい言い方をしているのに俊輔は何も言わない。
「俺と妹の妖宇香は早くに母親を亡くした」
「流夏君って妹がいるんだね」
「ああ。この世界に二つしかない首飾りを目当てに殺された。だけど首飾りは一つずつ俺と妖宇香に渡されていたんだ」
他人事のように淡々と流夏は話し出した。
「ある日、首飾りを狙ったヤツが来て、俺と妖宇香は追われた。妖宇香が敵の攻撃を喰らいそうになった時、俺は思わず妖宇香を庇った。俺は敵と一緒に谷底に落ちた。そのあと俺は、コイツに出会ったんだ」
気が付けば俺はそこにいた。
いつからいたのかわからない。いつからこの姿なのかわからない。いつから言葉を覚えたのかわからない。
何故俺が生きてるのかそれすらわからない。
元々は一匹の普通の狐だった。母が、餌をとりに行った帰りに銃で殺された。そして残された子狐も撃たれた。
なら、どうして俺だけは生き残ったのだろう。わからない。わからない。ただ生きたかっただけなのに。いつの間にこんな姿になってしまったのだろう。いつの間に恐れられるようになってしまったのだろう。いつの間に人を殺すように。
ああ、最初に母さんの仇をとったんだ。それからは向こうが勝手に俺を見れば攻撃してくるから。
もう長い間一人だった。誰も俺に近寄りはしない。人間でも狐でもない俺はもう誰にも見てはもらえない。
「俺は死ねねぇんだよ!」
突然耳に入った声。叫んだのは大勢の大人に囲まれている小さな少年だった。
生きたかった。俺もただそれだけだったのに。一人になんてなりたかったわけじゃないのに。
「もう一度妹に会わないといけねぇんだよ!」
少年の体が炎に包まれる。だが、大人たちは大して驚きもせずに少年に襲いかかる。
そして気が付いたら、全てが終わっていた。
「お前、名もなき鳥か?」
少年にそう尋ねられた。いつからそう呼ばれるようになったのだろう。
「ええ、そうです」
どうして俺は。
「くっそ……俺はまだ、死ねねぇ、のに……」
この少年を助けたのだろう。
「一つ聞かせて下さい。あなたはどうして生きたいのですか?」
「死にたいわけねぇだろ。ただ生きたいだけだ。妹と一緒にな」
ただ生きたかった。この少年は俺と同じだ。
「動かないで下さいね」
俺は少年に種を植え付けた。
「何をするつもりだ」
「手当てしているんです。動かないで下さい」
そう言うと少年は驚きに目を見開いた。
「お前、何故俺を助ける?」
「俺もただ生きたかった。それだけでした」
少年は意外そうな目で俺を見るとおかしそうに笑った。
「なんだ。お前、悪いヤツじゃねぇんだな」
少年の警戒心が解けたのがわかった。なんだかくすぐったくて少年から目をそらす。
「終わりましたよ」
「ああ、助かった」
「俺、一人なんです」
「俺もだ」
「一緒に行ってもいいですか?」
そう言うと少年は目をそらした。やはりこんな化け物とは嫌だろうか。
「好きにしろよ」
違った。少年は照れていた。
「流夏だ」
「はい?」
「俺の名前だ」
「流夏」
「なんだ?」
流夏が俺を見る。ああ、俺は今一人じゃない。
「流夏」
「だからなんだ」
「ありがとうございます」
そう言うとまた目をそらした。
「なんで、助けた側が礼を言うんだ」
「なんでもありませんよ」
俺も生まれて初めて微笑んだ。
そうしていつの間にか俺たちのコンビは有名になり、さらに狙われるようになった。
流夏の妹、妖宇香という人物の手掛かりを掴んですぐのことだった。今までにないくらい大勢に囲まれた。流夏は早く行かなければならないのに。流夏だけでも。
「う、あ、ああああああああ!!」
その時俺は全ての力を使い果たした。でもよかった。流夏は無事だ。敵もいなくなった。早く行かなければならない。
でも、何故だろう。体が全く動かない。力が全く入らない。
「狐、狐!死ぬなよ狐!俺はまた助けられただけじゃねぇか!」
そんなことはなかった。助けられたのは俺のほうだったんですよ、流夏。
「流夏」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「だからなんで、助けた側が礼を言うんだよ」
俺は微笑んだ。
「死なせるかよ。死んだら許さねぇ。死んだら殺してやるからな」
矛盾してますよ。そう言いたかったのに口が動かない。
「行くぞ、地上へ」
俺の意識はそこで途切れた。
「こうやって俺たちは地下から地上に出た」
「俊輔さんが、狐……」
「最後まで聞けばわかる。まだまだ長いぞ。覚悟しろよ」
流夏の言葉に三人は頷いた。