プロローグ

月から影が時計塔へと落ちていくのを見た。

実際は違うが、少女にはそう感じられた。

「まだ起きてるの?明日も早いんだから、そろそろ寝なさい」

「はい、お母様」

大事そうに本を抱えてベッドへと歩き出す。

しかし、母親が部屋から離れるとすぐ窓に駆け寄った。

月を見上げる。白く輝いていて、影なんてない。

「きっと、さっき月の影は落ちてしまったのだわ」

少女は時計塔を見つめた。どこかに月から落ちてきた影がいると思っていた。しかし、何もない。

静かな町に駆ける足音が響いたのは少女が諦めてベッドに向かった時だった。少女は振り返る。時計塔から影が飛び出して宙を舞った。少女は小さく声をあげて窓を開けた。

影、もとい人は少女に気付くと窓に飛んできて縁に飛び乗った。

「こんばんは」

少女が笑いかける。その人物はまだ若い男だった。

「見られちゃったのか。内緒だよ?」

月のように金色の髪を揺らして青年は笑った。

「あなたは、月の影?」

ぼんやりと少女が問い掛ける。

「月の影、か。それ、カッコいいな」

青年は少し考え込むと、突然少女の肩を掴んだ。

「ありがとう、いい名だ。お嬢ちゃん、名前は?」

「ティファ。ティファ・エレクトリア。お兄さんは?」

「僕は怪盗だ。名前は、ムーンシャドウ。きっとそのうち有名になるよ」

青年は少女の手の甲に口付けた。

「いい夢を、ティファ。またいつか会おう」

そう言って青年は窓から闇へと飛び降りた。

これが、その後約五年間全世界を騒がせた怪盗の誕生した夜だった。

七条雫
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七条雫

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