第一章 夢見る少女と怪盗見習い 1
今日も少女はあの日を夢に見る。
「はぁ……」
ティファはため息をつきながら時計塔を見つめた。十年前から変わらないのは、この習慣だけ。
エレクトリア家。この国で一番有名な、大きな家系。十年前までは、あの火事の日までは、それがティファの家だった。
火事で全てを失い、親戚に引き取られてからはあまり良い生活をしていなかった。
「ティファ、いつまで起きてるんですか。早く寝なさい」
「はい」
ベッドと机だけがある屋根裏部屋。ティファはいつもそこにいた。
しかし、ティファはこの部屋を気に入っていた。
「やっぱり、ここから見るのが一番あの時に近いわ」
窓を開け、時計塔を眺める。この部屋から見るのが、十年前にあの大怪盗を見た時に一番近い風景なのだ。
「どうして、やめてしまったのかしら」
世界を揺らがした大怪盗。ティファが名付けたムーンシャドウ。しかし彼は五年前から突然世界から消えたのだ。
「ティファ!早く寝なさいと言ったでしょう!?」
「はい、すみません」
叔母が去ると、ティファは鼻で笑った。
「つまらない人ね」
ティファにとって、現実の世界はつまらないものにしか映らない。だからティファは、本を読むのが好きだった。
こんな日常を変えたいと、あの日からずっと望んでいた。
もう寝ようと思い、窓に手をかけた。その時だった。
「え?」
声が聞こえたような気がして、手を止める。そして、声のほうを見た。発信源は、時計塔。
時計塔から影が飛び出して宙を舞った。ティファは思わず窓から身を乗り出した。
「ちょっと君、下がって!」
「えっ」
慌てて窓から離れる。影、もとい人は窓枠に着地した。
「ねぇ、中に入ってもいい?」
「え、ええ」
「ありがと」
中に入ってきたのは、自分と同じくらいの年の少年だった。
「君が、ティファ・エレクトリアかい?」
「どうして、知ってるの?」
「師匠から聞いてるのさ。火事のあとの君の行方も、師匠が調べてたんだ。だから僕はここに飛んできたんだ。君なら、時計塔を見てると思ってね」
突然の来訪者にティファは混乱していた。
「あなた、誰なの?」
ティファの問いかけに、少年は微笑む。
「名前はないんだ。全部忘れちゃったからね」
「そう、なの」
「君は賢そうだから、僕の正体に察しはついてると思うんだけどね」
ティファは、少年をジッと見つめる。思い出すのは、怪盗に名前を与えたあの日。
金髪の、月の影という名の大怪盗。
「あなた、ムーンシャドウの何なの?」
「弟子って言ったらいいのかな」
「弟子?」
「僕は怪盗見習いさ。この町には、師匠に名を与えた女の子を見に来たんだ」
「私を?」
「うん」
ティファは動揺していた。今起きていることは、間違いなくティファが望む日常を変えるチャンスだ。
「それじゃ、僕は行くよ。お元気で」
「待って」
窓に足をかけた少年の腕をティファが掴んだ。予想外の行動に、ピーターは少女を振り返る。
「ティファ、どうしたんだい?」
「怪盗見習いと名乗った人を行かせるわけにはいかないわ。このままあなたを不審者として引き渡す」
「え!?」
少年は驚いてティファを見る。ティファの表情は真剣そのものだった。
「どうしても行きたいのなら、条件があるわ」
「な、何だい?」
「私を連れてって」
「は?」
「飲めないなら、逃がさないわよ」
ティファは不敵に微笑んだ。