退屈な日常。
それに飽き飽きした俺が開発してしまったツールだ。
夢を体験するハードとソフト。
俺の長い引きこもり生活の末に完成させた魅惑の装置。
その装置を使い、俺はビジネスを始めた。
夢を売るビジネス。
夢のある仕事じゃないか?
深夜0時。俺は、市内のファミレスへと足を運んだ。
Deビジネス最初の顧客と待ち合わせをしているためだ。
あらかじめ指定しておいた席には顧客らしき人物が座っていた。
「はじめまして、神語かんがたりです」
「ああ、あなたが……」
髭が伸び放題のその顔は憔悴しきっていた。
ネットを介しての取引で登録してもらった顧客情報によると、彼は桑染介一34才。
彼が勤めていた会社は3ヶ月前に不況のあおりを受けて倒産。職を失い、妻子とは離別。それが原因で希望までもを失ってしまったのだという。
「藁にも縋る思いで契約をした次第です……」
男性は今にもなきそうな声で言う。相当弱っているな。
「大丈夫。これであなたにも幸せな日々が訪れますよ」
俺は持ってきたリュックの中から、契約書とボールペンを取り出し、男性の目の前に置く。
「正式な契約の前に本製品を試用していただきます。その後で、最終的に購入されるか判断していただきます」
「あなたが望んだ夢は『家族との幸せな生活』ですね?」
「はい、そうです……」
リュックから商品を取り出す。
「これで、夢が見れるんですか……?」
見た目は普通の携帯音楽プレイヤーだ。疑うのも無理はない。
男性はDEにゆっくりと手を伸ばした。
「あの、使い方を……」
普通の音楽プレイヤーのようにイヤホンを両耳に装着し、項目を選び再生ボタンを押す。
男性が唾を飲み再生ボタンを押した。
男性の憔悴しきった顔は徐々に笑顔に変っていった。
「雄太!真帆!」
弱弱しくも力強い声で娘・息子の名前を呼ぶ。
男性の目には俺は映っていない。映っているのは離別した家族だ。今はその家族と幸せに暮らしている夢を見ている。
男性の瞳から大粒の涙がこぼれた。
俺はそっと夢を停止させた。
「あ……」
ふっと現実に戻った男性は途端に暗くなる。
「どうでしたか?本来の再生時間は2時間30分です。ご購入されますか?」
「はい」
「それではここにサインをお願いします。そしてその上に代金を置いてください」
男性はものすごい勢いでサインをして代金を叩きつけるように置いた。
「確かに受け取りました。ご購入ありがとうございます。それではよい夢を」
「ありがとうございます。これで新たな職について頑張っていけそうです」
最後に男性は深々とお辞儀をして立ち去った。
心なしか背中がうれしそうだった。
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