冷静になるんだ。彼女を殺したのは俺じゃない。
なぜなら、俺が使用したときには、俺は死ななかった。
だからDeで死ぬはずがないんだ。
だが、あの状況では、プレイヤーに付着している指紋から俺が疑われることは間違いない。
どうなってんだよ……。
一人マンションの屋上で考える。
俺はこの場所が大好きだ。外出といえば、この屋上に足を運ぶことである。
終わりのない空。吸い込まれそうな青空を眺めていると心が落ち着く。
これからどうすればいいのか。
殺人の件が俺でないにしろ、DEシステムの件で家宅捜索も十分にありえる。
俺の交遊録には中学、高校で仲の良かった友達が登録されている。
しかし、そんな友達の誘いを断り続けた結果、友達との連絡は途絶えてしまった。そして長い引きこもり生活を送ってきたんだ。いまさら友達に頼るわけにもいかない。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
とりあえず、情報を再度確認だ。
ニュースサイトのトップには、こう書かれていた。
『警察官捜査中に殉職』
本日11時ごろに死体で発見された牧瀬優奈さん(23)の携帯音楽プレイヤーの音声ファイルを再生したところ、男性捜査官1名が死亡した。
共に操作を行っていた捜査官によると、遺留品の中身の確認をした際、突然苦しみだして倒れたという。
警察は、この音声ファイルについて慎重な分析を行い、この事件を殺人事件と断定し捜査を続行する。
また死んだ……。
間違いなく、DEを使って死んだんだ。
牧瀬優奈も、捜査官も俺が殺したんだ……。
こんなはずじゃなかったのに――
夢を与える機器が今では全てを奪う凶器に変わってしまった。
今後の身の振り方を考えていたとき、携帯に着信が入った。
ディスプレイには、新垣裕也の文字。懐かしい友人の名だ。
俺は通話を開始した。
「お前、何かあっただろ」
裕也の第一声はそれだった。
「なんだよいきなり……」
「今まで電話無視してきたくせに出たからな」
なんて勘のいいやつだ。
「高校ん時に3年間一緒だったんだ。それくらい分かるっての」
そういう裕也は、高校時代、筋金入りの世話焼きだった。
相手がなんと言おうと、世話を焼く。一歩間違えれば迷惑なやつだ。
それは今でも変わらないだろう。
「ということは、もう逃げられないか」
「今からそっちいくから待っとけ。何があったのか聞かせてもらうぞ」
そういうと、裕也は通話を終了させた。
それから1時間ほどで裕也が来た。
「久しぶりだな」
「そうだね」
裕也を部屋に招き、現在の状況を事細かに話す。
「なるほどねぇ」
分かってくれたかな?
「つまりお前は殺人犯というわけだ」
な……。
「冗談だよ冗談」
裕也は笑いながら言った。
冗談じゃねえよ……。
「ただ、お前の作ったDEとかいうのが人を殺したのは事実だ。故意な殺人でなければ過失致死くらいですむんじゃないか?」
「……それ以下にはならないか……」
「難しいだろうよ」
世話焼きの裕也でさえ、この件については深く突っ込めないのだろう。
「俺から言わせてもらうと、『死の夢』なんて提供するもんじゃない」
俺を諭すように話す裕也。
「死に希望も夢もありはしない。彼女から依頼が来た時点で、お前は死のうなんて考えるのは良くないと諭すべきだったんじゃないのか?」
そうだよな……。
俺だったら、彼女の人生を救えたかもしれないのに。彼女の人生を奪う選択をしてしまった。
自分を過信した結果がこれだ。情けない。
しばらくの沈黙を、裕也が破った。
「まあ、お前の罪の重さは裁判しだいで決まる。悪気はなかったってことを伝えれば罪は軽くなるんじゃないか?」
「そうだな……」
祐也に連れられて警察に出頭した。そこで様々な取り調べを受け、1ヶ月後に俺の罪の重さが測られることになった。
結果は、懲役3年、執行猶予3年という判決だった。
相手から持ちかけられた話であったことや、俺自身に殺人の意図や動機が見当たらなかったことが考慮された。
三年間、普通に生活していれば刑務所に入らなくて済むんだ。これからはまっとうな仕事を探そう……。
既に日が暮れている中、俺は家までの道を歩いていた。ちょうどゲストが見える。あの店にはもう行かないでおこう。あまりいい思い出がない。
ゲストがなるべく視界に入らないように意識しながら通り過ぎようとしていたとき、声が聞こえた。
「探したぞ……」
ゲストの入口付近に鼻息荒く立ち尽くしている男がいた。この男は……
「どうしてメールを無視し続けた……」
間違いなくDEの顧客、桑染介一だった。
メールを無視?おそらく俺が警察に拘束されている1ヶ月のあいだにメールが溜まっていたのだろう。メールを無視されたくらいでなんで……。
「ちょっと、お前!?」
気づくと、男は両手で刃物を握っていた。ゲスト店内の光を反射して光っている。
「な、何する気だ……」
「許さない……許さないぞおおおおおおお!」
男が全力で襲いかかってくる。しかし、この距離では俺の体は反応できなかった。刃物が俺の腹をえぐる。
「ぐっ……」
痛いなんてものじゃない。その場に膝をついて倒れこんだ。
そうか、この狂ったような言動、DEが使えなくなったからまた注文のメールを送ってきたんだ……。
それを放置されて禁断症状が……。
俺が倒れたところをすかさず攻撃してくる。もうメッタ刺しだ。痛覚なんてとうに飛んでいる。
遠のく意識。
なんでこんなことに――。
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