プロローグ1
「那由多(なゆた)ーー! こっちこっち‼︎」
俺の方に満面の笑みを浮かべながら、手を振る少女は椎名志奈(しいなしな)ーー俺の幼馴染である。
「お前、本当に楽しそうだな」
こっちは欲しがってたゲームや漫画が一切買えなくなったことに絶望しているのもつゆ知らず、志奈は遊園地デート(仮)を子供みたいに喜んでいる。
幼馴染の笑顔を見れるのはこの上なく嬉しいのだが、働いた者にしかわからない金のありがたみを知らない志奈に、俺の金は湯水のように使われた。
そして、俺の全財産ーー約十万円は既に半分を切っている。
その分、俺の両手には遊園地のグッズやぬいぐるみが、重くのしかかっている。
これが世に言うーー等価交換と呼ばれている禁忌なのかと、身を以(もっ)て体感中なのでもある。
「那由多が悪いんだからねー。全教科俺に勝ったら、何でも言うこと叶えてやるよって言うんだから、志奈をバカにした罰だよーだ!」
「あー、そうだな……。那由多は志奈様の奴隷ですよ……。はぁ」
「分かればよろしい、下僕君!」
志奈は両腕を腰に当てると、勝ち誇る勇者のような威厳で、こちらを見ていた。
昔から全教科のテストが俺より低い志奈をからかい半分で、期末試験の全教科で俺に勝ったら、夏休みに死ぬ気でバイトして、何でもしてやるよ。
なんて、言わなければよかった……。
まさか、あの志奈が全教科九十点オーバーなんて、俺は今でも信じられないでいる。
そんなに勉強ができるなら、同じ高校なんかに入らず、もっと上を目指せるんじゃないかと内心思っていた。
しかし、それを口に出してしまうと昔みたいにまた泣かせてしまうので、言えるわけはないのだけれどーーーー
「那由多、もしかして疲れた?」
「あぁ、心と体とお財布がクタクタだよ」
俺は近くのベンチに腰掛けて、もう動けないという意思表示をした。
気持ちの整理をしたかったのもあるが、単純に言うと筋肉疲労だ。
「あぁ、もう動けねー。頼む!! 少し休ませてくれ……」
俺はこれ以上ーーここから動きたくないということを身体全身を使い、表現することにした。
それに呆れたのか。または悪いと思ったのか、志奈は俺の方を覗くように見て、一言。
「私の飲みかけだけど、良かったら飲む……?」
「おう、助かるわ」
志奈が持っていた飲みかけのペットボトルを奪い取って、飲もうとしたらーーーー
「やっぱりダメーーーー!! 私が飲み物買ってくるから、那由多は待ってて!」
彼女は顔を真っ赤にさせ、全力で俺からペットボトルを奪い取って走り出していた。
「おい、一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ! 少なくとも、那由多よりかは“頭良い”から」
志奈は間(かん)に触る事実を俺に突きつけて、その場から姿を消していた。
「ったく、心配した俺が馬鹿みたいじゃねーかよ」
志奈にテストの点数で負けたことを激しく後悔しても後の祭りなので、俺は仕方なく帰りを待つことにした。
ーー“後悔先に立たず”
と、昔の人はよく言ったものだけれどーー今ばかりは、その言葉に感心せずにはいられなかった。