(7)
「じゃあ……じゃあ、俺を愛してくれよ。金じゃなくて、俺を、この俺を愛してくれよ! この俺に抱かれてくれよ! なんだよ……俺はお前の愛が欲しくて、金稼いできてんだよ! お前はいくら出せば買えるのか、ずっとわからなかったんだよ!」
私達は、もう終わってる。ずっと前から終わってるって、思ってた。時々ね、考えるの。もし、ショウゴの部屋を出なかったら、花火に行かなかったら、塾でバイトしなかったら……東京に来なかったら……私達の二十年は、いったいなんだったの? ねえ、ケイタ、私達は何をしていたの?
夫はドアに手をかけたまま俯いていて、私はソファに座ったままテレビの画面の光を受けていて、お互いに、外を向いている。こんなに近くにいるのに、私達は、私達の顔も見ない。
でもね、ケイタ、顔、見たかったの。だって、あなたはとってもイケメンだから。地味な田舎臭い私はね、あなたの顔を見るのが恥ずかしかったの。
でももう最後なら、思い切って、あなたの顔を見に行くね。
「ケイタ、こっち向いて」
振り返った夫は、十五年前のように泣いていた。私は夫の前で初めて泣いた。
そして、ずっといえなかったこの単語を言った。
「ごめんなさい」
ああ、ケイタに抱きしめられるなんて、何年ぶりだろう。こんなに、ケイタって、あったかかったんだ……
「やりなおそう、最初から」
最初から……そう、最初から……私達は、最初から終わってたのかもしれない。終わっていたのに、なぜか私達は一緒にいた。どうして? どうしてなの? そうね、きっとね……
「ケイタ、愛してる」
こうして一緒のベッドに入るのも、何年ぶりだろう。
ねえ、ケイタ、私ね、今本当に幸せ。強がりでも、見栄でも、嫌味でもなく、私は『ケイタ』に抱かれて、本当に幸せなの。あなたのお金じゃなくて、あなたが好き。あなたは? 私の見た目じゃなくて、私が好き?
「初めて『マスミ』を抱いたよ」
そう。そうよね。私達は初めて一緒になれた。
もう二十年前には戻れない。ううん、戻らなくていい。東京に来て、塾でバイトして、花火に行って、ショウゴの部屋を出た。それでよかったの。だってこうしてあなたと一緒になれたから。
時間は午前三時。あと三時間で目覚ましのアラームが鳴る。スマホの音楽を止めて、六回目のスヌーズが鳴りだしたら、あなたに言うわ。何年ぶりかわからないけど。
……『おはよう』って。