初めに――ある語り部の昔話。
一つ、昔話をしよう。
むかしむかし、大体三百年ほど前までの話。竜と人間はそれなりに仲良くしていた。
だけどそれは突然終わりを告げる。
今は竜も人間の住む領域は分かれている。
竜は王都より――正確には王城の北の山に住み、王城は竜と人間の領域を繋ぐ場所にある。
これからするのは、何故住む領域が分かれるに至ったか、そのきっかけの話だ。
そこには二人の男がいた。
そこは赤く染まっていて。
そこには死が満ちていた。
「何故だ。何故なんだ! どうしてこんなことができるんだ!」
傷だらけの男が言う。
黒を基本とした服を血に濡らして。
彼の歩いた道は赤いものが滴った跡が残る。
金色の目は困惑と焦りと、どうしようもない悲しみに満ちていた。
「ルークにはわからない。俺の気持ちなんてわからない。この未来《さき》に何があるかなんて知らないで」
赤い目の男が言う。
目の色と同じ色の液体を頭から被ったように、全身が血に濡れている。
金目の男と違う点は、それが全部他人の血であるという事だった。
抜身の剣も血に染めて、切っ先を相対する男に向ける。
「竜と人間は共には生きられない! 俺は確かに『見た』んだ! だから殺すしかなかった」
叫んだ赤目の男の声はだんだんと上ずっていく。
何かに逸るように。急かされるように。
その心が何かに囚われていくのが、金目の男にはわかった。
「はははは! だからお前も死ぬがいい」
だが次の瞬間に、赤目の男の動きが止まる。
目の色が変わる。
赤く輝いていた瞳が、藍の落ち着いた色へと変化した。
「あ……ああ……」
信じられぬ物を見るように、男は自分の周りを見回した。
倒れ伏して、物言わぬ骸たち。
圧倒的な死の群れの中に生きている者が二人、立っているだけだった。
金目の男がふらりと倒れかかる。
骸の仲間入りをする淵に、金目の男はいた。
「なんて、ことを……俺は……」
赤目だった男は呆然と呟いて、剣の先を自らに向けた。
「やめ、ろ……やめろ……!」
金目の男が伸ばした手が力を失って大地に落ちる。
それと同時に、赤目だった男は胸から血を吹き出して、死へと旅立った。
大地に使い手の消えた剣が落ちる音が響く。
「くそっ……何でだ……何でなんだ……!」
ただ残ったのは悔しそうな金目の男の嘆きだけだった。
この赤目だったという男は王族の男だったのだという。
殺されたのは、竜たち。
これがきっかけで内乱に発展しかけたのさ。
憎しみが憎しみを呼び、終止符を打つために当時の王様が何か魔法を使ったとか、使ってないとか。
それからというもの、竜と人間がかかわる時には一定のルールが定められた。
竜は人間の領域には立ち入らない。人間は竜の領域には立ち入らない。
例外はこの国の王族の護衛だ。
何故って?
何故だと思う?
それはね、この国の王の一族の始祖は竜だからなのさ。
ただの竜じゃない。千年も昔にいたという竜神とも言われていた。
だからこそ、この国は竜の国。
そんな竜の血を引いてるからこそ、竜は王族に仕えるってわけさ。
王都《このまち》で金目の者を見つけたら気をつけな。
近くに王族の誰かがいるってことだからさ。
お代はいいって。
俺も緑の髪に長い耳の人間なんて初めて見たんだからさ。
リトミアって国の西に広がる森だろ。
森の民なんて滅びたと思ってたのに、違ったんだな。
では、お連れの黒髪のお嬢さんもお元気で。
本当にいいものを見せてもらったよ。
何の用事があるか知らないが、無事に終わることを祈っているさ。