第九話 「過去」

俺はまず、文章を修正した後、プロになった先輩の所に行き、プリントアウトした原稿を見せに行った。

先輩からは厳しい意見をもらった。

だが、どれも的確で、先輩との差をまざまざと見せつけられた。

先輩は最後に以前見せてもらった作品よりも凄くリアルな描写で良いと褒めてくれた。
俺は素直に嬉しかった。

だが、これがどんなに良い作品でもどんな賞を取ってもエミルに見てもらわないと俺の空いたままの心の穴は塞がらない。

エミル、完成してからでいい。

絶対読んでくれ。

お前ののために書いた作品だ。

俺は家に戻り先輩に言われた内容を修正する作業に入った。

これが一番大変だった。

先輩はアドバイスはしてくれるが、答えまでは教えてはくれない。

表現内容、描写の具体化、伏線の張り方、構図など細かいものから大きい修正まで思ったよりも多い。

期日まで間に合うのか?
かなりギリギリになるな。

最近俺は睡眠時間が極端に短くなっていた。

長時間睡派の俺には酷な話だが、今夜も徹夜を決意した。

途中、寝落ちしたり肩が痛くなり、頭痛もしてきた。

座り続けてお尻も悲鳴を上げている。

作家になるにはこの苦しみと戦わなければならないのか。将来に不安を抱きながらも作業は翌日の朝まで続いた。
もう頭が回らない。

それから数時間後、ようやく終わりを迎えた。
作業が終わった。

昨日は徹夜で今日も深夜、いや、夜明け前か?

新聞配達のバイクの音が聞こえてきた。

まぁ、夜明け前で良かっ・・・。
俺はパソコンデスクに座ったまま意識を失った。


俺はその時、また夢を見た。

内容は思い出せないが、とても熱い思いと温かい感情が同時に伝わってきた。


その日の朝はいつもと違った。

何か外が騒がしい。

まだ朝も早い。雀が鳴いてる時間だ。

もう少し寝かせてくれ。

それにしても騒がしい。


喧嘩? 酔っ払い? それとも強盗? 強姦!?
よくわからない。

いや、この状況、前にもあったような。

だが、今回は気のせいか、俺の名前も聞こえる気がする。

俺はすぐさま目を覚まし、瞬きするのも忘れ、画面を凝視した。


「エル君!エル君!良かった。また会えたね!」


俺は信じられない、という顔をしたまま、しばらく固まっていた。

自然と涙が頬を伝ってた。

「エル君、わたし、エル君に酷い事言ってごめんなさい。あれからエル君が小説書かなくなっちゃったら、わたし凄く酷い事言っちゃったんだと思って、凄く自分を責めた。でも、またこうやって書いてくれて・・・完成させてくれて・・・凄く・・・嬉しい・・・ 」


エミルは話しながら感極まっていた。

彼女は今までどんな気持ちでいたのだろう、俺よりも苦しい思いをしていたんじゃないのか。
エミルの涙がそれを物語っていた。


「俺の方こそごめんな。酷い態度とってエミルの言葉に耳を貸さないでずっと不貞腐れてた。でもエミルの気持ちは全部伝わったよ。だからこうやって書き上げる事ができた。全部エミルのおかげだ。ありがとな。」


エミルはまた泣いていた。


「エミル、泣きすぎだぞ。」

「エル君だって、涙とよだれで顔がぐしゃぐしゃだよ。」

俺は近くに置いてあったティッシュを取り、顔を拭いた。


「そういえば、わたし、思い出したの!」

「昔の記憶をか!?」

「はい、ノエル先輩!」


俺は突然のカウンターによろめいた。


「え、何で俺の本名・・・?」

「そうですよね、覚えている訳ないですよね。中学の時の話ですし、わたしも今と全然違ってましたから。」

何度も言うが、俺は昔から一人だ。中学の時も一人だった。

同級生ですら殆ど顔も覚えてないのに、ましてや後輩に知り合いなどいるはずがない。


「わたし、小学生の時、地味で暗くて泣き虫でよくいじめられてたんです。でもこのままじゃ嫌だって思って、中学になったら変わろうと思ったんですけど、結局何も変わらないで、入学してからしばらくして、3年の先輩に目をつけられたんです。野球部のキャプテンに色目を使ったとか何かと言われて。」

「今となってはくだらない事にすぎないが当時としては社会問題レベルで深刻な問題だ。」

と、冗談めかして相槌を入れつつ、必死で当時を思い出したがやはり思い出せない。そのまま続きを聞いた。

「ある日の昼休みに先輩に部室裏に呼び出されたんです。」


部室裏?よく俺が休み時間に独書して時間を潰していた場所だ。

あそこには大きめの木が生えていて、木陰で一人《独書》するには最適な場所だった。ようやく思い出し始めた。

あれは晴れたある日の昼休み、俺の神聖な独書時間を妨げる声が聞こえてきた。


「おい、昨日も吉本君と話してただろ。目障りなんだよ。下着姿を撮影してばらまいてやる。脱げ。」

「や、やめてください。お願いします。やめて・・・」

「おい」

「やばい、高木か!?」

「こんなガリガリな男があの筋肉教師に見えるのか?」

「なんだ、ぼっち野郎か」

「せっかく静かなところで独書してたのに俺のこの貴重な独書タイムを邪魔しないでくれ。」

「うるせぇキモオタ、消えろ。この世から消えろ。」


女に言われると意外とドキッとするんだな。と俺の変態神経はこうやって育まれてきたのか。しみじみ思う。

当時、推理小説にハマっていた俺は周りを観察して、今の状況を把握した。


「そうか、吉本の事で一悶着あって、こいつを吊るし上げようとしたんだな?」

「キモオタには関係ないだろ。」


大体図星だったが、俺はまた少し観察してから言った。


「由乃、お前が悪い。というか部が悪いというか部が悪い。」

「どういう意味だよ!?」

「吉本について良い情報を教えてやろう。」3人いた女子達の目つきが少し変わった。

「あいつは大の巨乳好きだ。」
女子達は全員目を悪くした。

「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ。」
再び攻戦的な目つきへと戻る。

「あいつをちゃんと観察した事あるのか?あいつは女子と話す時、目線を少し下に落とす。」

「そんなの吉本君がシャイだからで・・・」
確信が持てなくなる由乃。

「もっとよく観察してみろ。あいつは豊作女子と話す時の方が極貧女子と話す時よりも5秒から7秒くらい長い」

由乃はすっかり顔を真っ赤にしていた。そこまで言われると言い返せないのだろう。

もちろん俺の話は嘘だ。
巨乳が好きかも知らないし、あいつが誰と何秒話してるかも調べた事ないというか、俺自身、あいつと話した事がない。

当時の俺はいかに周りのリア充な奴らを俺と同じステージに引き下ろすか黒い事ばかり考えていた。

だから由乃を見てると少し楽しくなった。こいつだって悪い事をしたんだ。俺を責める事は出来ないだろう。

俺は更に追い打ちをかけた。


「つまりあいつにとって、こいつは富裕層、お前はスラム街の住人と言ったところだ。」

由乃は更に顔を赤面させながら涙を流し、校舎へと戻っていった。一人が由乃を追いかける。もう一人は俺を脅す。


「お前最低なクズ野郎だな!クラスに居れないようにしてやる。」

「あぁ、好きにやってくれ。それと由乃に言ってくれ。俺とこいつは幼馴染で吉本とは同じ小学校からの付き合いだ。俺達に何かあれば吉本にどんな情報でも流せるぞってな。」

「このクソ野郎」


さっきからゾクゾクが止まらない。

そいつも由乃の後を追っていった。

俺は教室に戻るのが気まずいので保健室に行く事にした。

俺は少しすっきりした気持ちになっていた。俺の記憶はその辺りで途切れていた。


「あ、あの・・・」


わたしは制服の乱れも気にせずお礼を言おうとした。


「あの・・・助けていただいて、その・・あの・・」体の震えがまだおさまらず、中々声が出ない。

「いいよ、お礼とか。ボタン取れちゃったな。」


その人はボタンを拾ってくれた。さっきの態度とは違い、とても優しかった。


「悪いな、3年になるとみんな進路の事でピリピリしてくんだ。」

「いえ、私が悪いんです。私、地味で気弱で何をやっても不器用でいつもいじめられてて、中学になって変わろうと思ったのに何の取り柄もないから結局またいじめられちゃって・・・」

「いいか、よく聞けエミル。」

「えっ・・・私の名前、エミルじゃないんですけど・・・」

「いいや、お前はエミルだ。今日から改名しろ。」

「そ、そんな無茶苦茶な・・・」

「いつも笑みがこぼれる、でエミル。」

当時、俺は影響されやすい子で、好きなアニメのヒロインがエミルだったので、誰かをそう呼びたいだけだった。
中学生なんてそんなもんだ。


「笑みが・・こぼれる?」

「そうだ、エミルって言われると自然と笑顔にならないか?エミル?」

この辺りもアニメからの受け売りだったが、当時の彼女には新鮮だったようだ。

「あー!何かそんな感じしてきました!」

いや、単純なだけか・・・

「だろ!言葉の力って凄いだろ?」

「私もそう思います!先輩は作家を目指してるんですか?」

「作家かぁ、それもいいなぁ、言葉とか文字を使うの好きだからな。それにしてもエミルは才能を見抜く目がありそうだな。」

「そんな事ないと思いますけど・・・でもそう言われると嬉しいです。自分では気付かない才能とかもあるんですね。自信持てそうです!」

こんなに誰かと話せたのは初めてで、わたしはそれだけで満足でした。


「先輩のおかげで元気出てきました!」

「あぁ、その調子だ!俺達はまだ中学生だ。人生何も始まってないんだ。ゆっくり考えて進んでいけばいい。」

まだ始まっていない・・・

わたしは自分の境遇や性格に嘆いていた。何にもなれない。
そう諦めていた。
そんな時、先輩から言われた事によって私の目の前が急に明るくなって、胸のドキドキが止まらなくなったんです。


「そうですね。私頑張ります!」

「おう、頑張れよ!そういえば、エミル、さっき取り柄ないって言ってたけど、あるぞ。」

「えっ!?」

「エミルの声は萌え系で可愛いからな。声優向きだ。」


わたしは顔が真っ赤になった。今まで異性からも同性からさえも可愛いなんて言われた事が一度もなかったから。

そしてこんな自分でも目指せるものがあるというだけで嬉しかった。

俺はそんな事を言ったのか?更に勝手に命名までしてしまうなんて。

俺は恥ずかしくてたまらなくなった。

だが、その後は思い出した。

俺はそう言った後、声優について熱く語り始めた。
始めはどんな声優が人気あって、どの事務所や声優の学校は人気があるとかだけだったが、次第に俺の好みの声優の演じたキャラの話になった。

そういえばどことなく、エミルはあのヒロインに似ている気がする。一通り話した後、俺達は別れて戻っていった。

当時の事を思い出しながら、俺が最近見た卒業式の夢・・・
その時抱いていた感情の謎が明らかになってきた。

うさぎ荘
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うさぎ荘

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