第八話 「始動」

翌日、俺は7時に起きた。
4時間しか寝ていないが意外と目覚めは良かった。

昨日のあの決意から新しく物語を作り直す事にした。

まずはパソコンの中に何かデータが残ってないか探してみた。エミル
残っていた。

脳に刻まれている記憶を辿れば見なくても思い出せたが、一応目を通した。

エミルのストーリーを考えるのと同時に俺は由奈役の声優がどうしても気にかかったので調べてみた。

声優の名前は「春咲 瑛美璢」

エミルと名前が同じだった。

それは最初、エンドロールを見て気づいてはいたが、それ以外の情報は全く調べる事が出来なかった。

本名を含めたプロフィールは一切不明。あの作品の後しばらく出演作はなく、半年前くらいから活動を休止している。

手掛かりも情報もないまま創作活動に戻る事にした。

大まかな話の流れを新たに書き直し、プロットを完成させた。

俺が応募したい出版社の主催する「ラノベ新人賞」締め切りまであと2週間だ。
文章を書き上げ、編集し、必要な書類を揃えるところまで逆算するとかなりギリギリだ。

俺は絶対に間合わせると決意し、走り出した。

こんなとこで立ち止まっている訳にはいかない。

もっと速く、もっと質を上げて、俺は大学を休み、寝る時間を削り、全てのエネルギーを一点に集中させ、書き続けた。

おかげで期日よりは多少早めに書き上げられた。
その間期待はしたがエミルが現れる事はなかった。

それでもヘコんでいる時間なんてない。

後は編集して完成させるんだ。
この作業がかなり大変になる。

この作業を始める前に一息つくことにした。

冷やしたお茶を注ぎながら、この数日、ろくにご飯を食べていない事に気づく。

昨日何を食べたのか、いやそもそも食べたのか?

俺の集中力はこんなにも持続可能なものだったのかと驚いた。

空の冷蔵庫を閉めながら買い物リストを考えテーブルに向かった。

またデジャヴか。

俺は台所から戻ってくると画面が光っていた。

俺はお茶をこぼしそうになりながらも必死でこらえ、テーブルにそっと置いた。

俺は胸が高鳴った。
と、同時に心の傷も痛み出す。

今会っても気まずい空気である事には変わりない。

俺は恐る恐る画面に近付きエミルを斜めから覗き込む。

その時、俺の予想が寸分の狂いもなく的中していた事を思い知らされる。


エミルは俯いていた。

孤独感、不安感を抱えながら泣いているように見えた。

辛いのは俺だけではなかった。

エミルだって色々苦しかったはずだ。
なのに俺は・・・俺は・・・


「エミル!おい、エミル!」俺は何度もエミルを呼んだが反応はなかった。


こっちの声も姿も届かないようだった。

一言でいい、せめて謝らせてくれ。

繋がってくれ。

俺は必死の思いで願ったがどうやらそれは聞き入れてはもらえなかった。俺はこの苦しみを一生背負う事を決意しながら作業を続けた。

こんなに心が苦しくて何度も泣いて・・体が壊れるくらい無理して・・何かをやり遂げようとした事なんてなかった。きっとどこかで諦めていた。

どうせやっても無駄だって。

でも、それでも今は前に進む。

ほんの少しの可能性さえあればいい。
それだけで十分だ。

これは自分への罰だ。
好きな女の子をこれ程深く悲しませた罰だ。
全部背負う。

全部俺が背負うから、頼むからそんな顔をしないでくれ。
泣かないでくれ。

ごめん。本当にごめん。


俺は涙で顔を濡らしながら拭く時間を惜しんで作業を続けた。

うさぎ荘
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うさぎ荘

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